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「被災地を観光する」岩手県陸前高田市【前編】:傷跡から記念公園へ 原風景を失った街が目指す姿

中丸 謙一朗

中丸 謙一朗

2018.06.13 17:00
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何もない違和感と「震災遺構」

いまや陸前高田を象徴する風景となった「奇跡の一本松」
いまや陸前高田を象徴する風景となった「奇跡の一本松」

   陸前高田に到着し最初に目にしたのは、やはりあの「奇跡の一本松」だった。朝焼けの光のなかにシルエットとして浮かんだ「震災遺構」は神々しいまでに美しかった。わたしはその景色を夜行バスの窓越しに見た。師走に入ったばかりの季節。バスのなかからもわかるひんやりとした明け方の気温を、結露を拭う指先で感じながら、まだ一度も被災地を訪れたことのなかった「横着者」のわたしに、これから訪れる街はいったいどんな景色を見せつけるのか。すでに出発から7時間。ぼんやりとした頭に微かな緊張を感じながら、目的地に向かうバスの揺れに身を任せていた。

   朝6時半頃、バスは陸前高田市役所前に到着した。ここは震災のあとから造成された場所で、高台の上を走る一本の道路の西側には新しくつくられた警察や消防署、JRバス専用駅、市民のためのコミュニティホールなどがあり、反対側にはプレハブの陸前高田市役所仮庁舎が建っている。

「奇跡の一本松」周辺は記念公園として整備される予定だ。
「奇跡の一本松」周辺は記念公園として整備される予定だ。

   「やあ、よく来たね」。その彼はバス停まで迎えに来ていた。時間は朝の6時半である。わたしは到着してまだ間もないうちに、この地域の「何もない違和感」を、取材者としての高揚感も手伝い不躾(ぶしつけ)にまくし立てた。彼は黙って聞いていた。

   正確に言うとここには何もないのではない。小さいが「駅」もあるし、一部仮庁舎ではあるが行政施設も揃っている。バスを降りた場所の目の前はピカピカの大手のコンビニチェーンである。

   正直に言おう。外部からの不躾な取材者(侵入者)が求めたのは被災地としての景色である。同情すべき被災地としての緒(いとぐち)を目の前の風景のなかに見つけ、観光客、あるいは(良心的に言って)取材者として早く安心したかったのである。

   勝典さんは用意していたクルマを走らせながら、ある場所を案内してくれた。街の西側にある、津波の到達した跡が残る高い鉄塔と津波によって寸断され廃線になった線路である。これがわたしが恥ずかしくも求めた景色だ。はじめての土地だがわたしの体感でも、ここは海からはかなりの距離があることがわかる。わたしは思わず息を呑んだ。

仮設住宅にはまだ多くの住民が残されている。
仮設住宅にはまだ多くの住民が残されている。

   まだ時間が早いので、時間調整のため彼の住む家へと向かった。現市役所から数分の高台の上にある市立中学校の校庭に建てられた仮設住宅に、彼は住んでいる。1Kの広さの簡素な部屋だが、最低限の生活家電や暖房器具などが貸与されていた。殺風景な単身赴任世帯の部屋の壁に大きな地図が貼ってあった。陸前高田市の市街図である。

   「眺めていると地理が頭に入って役に立つかなと思って来た時に貼ったんだ」。彼は恥ずかしそうに言った。

   「少し休んでから奇跡の一本松を観に行こう」。握り飯を齧ったわたしは、夜行バスでの寝不足も手伝い、いつの間にか眠りに落ちた。

被災地の傷跡を巡る観光
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