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<東京暮らし(9)>ル・コルビュジエ展

中島 早苗

中島 早苗

2019.03.03 12:00
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<文 中島早苗(東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長)>

世界遺産に認定された国立西洋美術館で、開館60周年記念の展覧会「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ――ピュリスムの時代」が開催されている(5月19日まで)。

1959年6月に開館した、上野の世界遺産・国立西洋美術館
1959年6月に開館した、上野の世界遺産・国立西洋美術館

ル・コルビュジエは言わずと知れた20世紀を代表する建築家で、アメリカのフランク・ロイド・ライト、ドイツ出身のミース・ファン・デル・ローエと並び、近代建築三代巨匠の一人に数えられている。日本では唯一の作品となったこの国立西洋美術館の設計も手掛けた。

しかし今回のル・コルビュジエ展は、建築がメインではない。建築家として世界的に有名になる前、主に1920年代の彼の原点となった絵画作品や出版物などが中心に展示されているのである。同時代に彼が影響を受けたり交流したりした芸術家の作品も、あわせて約百点展示。第一次世界大戦直後、パリでル・コルビュジエが世に出た時代の精神を、彼のつくり出した世界遺産建築の中で体感できる展覧会となっている。

「建築の神様」の世界を堪能

早速展覧会に足を運んでみた。建築関係者の間では神様のように崇拝されている建築家だけに、早々から行列しているかもしれない...と危惧したが、まだそこまで混んではおらず、ゆっくり見ることができた。

ル・コルビュジエの絵画作品が多数展示されている
ル・コルビュジエの絵画作品が多数展示されている

建築ではなく絵画と、同時代のアーティスト達の作品展示がメインと聞いて正直、満足できる内容だろうかという心配は杞憂だった。百点以上に及ぶ作品の数々は十分に見ごたえがあり、写真や映像資料では、1920年代パリの若きコルビュジエやアーティスト達の活動ぶりをしのぶことができる。スイスからパリに出てきた無名の青年、シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(ル・コルビュジエの本名)が有名建築家へと転じていく足跡を追うことで、見るものに暫しの時間、その時代へと旅をしたような気分を味わわせてくれる。

加えて、入り口に一番近い1階の「19世紀ホール」は写真撮影が可能だ。スロープを上がって辿り着く2階入り口には、当時創刊した雑誌「エスプリ・ヌーヴォー(新精神)」が陳列されている。近くにはル・コルビュジエと、一緒に創刊した画家アメデ・オザンファン、詩人ポール・デルメが3人で並んで腰掛けている大きなモノクロ写真が飾られている。それぞれギターを構え、パイプをくわえ、テーブルにはワイン。後には別々の道を歩むことになる3人の青年アーティストが、パリで芸術と青春の只中に生きていたさまが見てとれ、私はその写真の前で、一気に当時の世界観に引き込まれた。

1階入り口の「19世紀ホール」は撮影可能
1階入り口の「19世紀ホール」は撮影可能

建築家として著名になってからも、毎日午前中はデッサンと絵画制作の時間に充てていたというル・コルビュジエの作品が多数展示されているのはもちろん、パブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラック、フェルナン・レジェ他のアーティストの作品も見ごたえがある。

私はレジェの「横顔のあるコンポジション(1926年)」という作品に強くひかれた。この絵はル・コルビュジエがレジェから譲り受け、自宅に飾っていたものだという。作品の横に「シカゴ通りの自宅におけるル・コルビュジエ」という写真も展示されていて、その絵の前で仕事か読書をするル・コルビュジェが写っている。当時の生活シーンが伝わり、なおのこと興味深かった。

ル・コルビュジエは家具もデザインしていて、家具そのものやインテリアの写真も展示されている。1928年には女性デザイナー、シャルロット・ペリアンを事務所に迎え、オリジナルの家具開発と室内空間の総合的なデザインに本格的に取り組むようになったそうだ。ペリアンがデザインした名作家具の寝椅子(シェーズ・ロング)は今に至るまで製作され続けているので、目にしたことがある読者もおられることだろう。台座の上に弓型のフレームを載せるその寝椅子は、使う人の姿勢に合わせて自在に動かすことができ、「休養のための機械」とも呼ばれたという。

実は私は出版社で住宅雑誌「モダンリビング」の編集部に在籍していた当時、来日したシャルロット・ペリアンにインタビューをしたことがある。確か1990年頃だったと記憶しているが、編集部に配属されて間もなくのことで、建築やデザインの知識も浅かった私は、ペリアンの偉業をわかっていなかったと思う。そんな私にはもったいない取材の機会だった。

「モダンリビング」編集者時代は、今では日本を代表する隈健吾さんや伊藤豊雄さんらをはじめとする著名建築家の取材の機会も多かったが、皆さん一様にル・コルビュジエを崇拝していたと思う。そんな建築界の「神様」が若い頃どんな活動をしていたか。展覧会に足を運んで確かめてみることをお勧めしたい。

中島早苗

今回の筆者:中島早苗(なかじま・さなえ)

1963年東京墨田区生まれ。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)「モダンリビング」副編集長等を経て、現在、東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長。暮らしやインテリアなどをテーマに著述活動も行う。著書に『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)、『建築家と造る 家族がもっと元気になれる家』(講談社+α新書)、『ひとりを楽しむ いい部屋づくりのヒント』(中経の文庫)ほか。
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