春の昼下がりに、猫の言葉を聞いた人の話【ささや怪談】

2016年12月 3日 21:00

   前回に続いて、「猫」にまつわる話をもう一つ。
「その子も、虎猫やったの......」

   京都駅から、バスで十分ほど。
   中心部の繁華街をすこし外れると、ほっそりした小路がある。
   その小路の奥に、Kと呼ばれる和菓子屋がある。
   この店で働いているのは、セイさんと店長のお二人だ。
   わたしは、お火焚き饅頭を注文してから、ぼんやりと長椅子に座っていた。凍えるほどの夜風だったが、ここはいつも暖かかった。
「よかったら、炙ってみる?」
   セイさんの提案に、わたしは乗った。
   飴色になった饅頭は、焼きたてのパンよりも香ばしくて、ほっとする味だった。中の餡にも火が通ったことで、本来のどっしりとした甘みにコクが加わっている。
   わたしは、お客さんの流れが落ち着いたのを見計らって、セイさんに続きを聞いた。
   店長はといえば、表通りに散歩に出かけた。
   タバコを片手に。

   セイさんが、まだ学生だった頃。
「たぶん春だったかな」
   セイさんの家には、虎猫がよく集まっていた。
「田舎の家だから、土間から上り框までがとても高かったの。それで途中に、階段替わりの大きな切り株が置いてあって、そこに猫ちゃんたちが集まってくるのね」
   五匹の虎猫だった。四匹の大人と、一匹の子供。
   大人の猫たちは、みな黒と茶色の縞模様をしていた。子猫だけは、白と茶色の縞模様だった。また、痩せっぽちではあるが、端正な顔つきをしていたという。
「私がエサをあげようかなって出て来ると、みんな一列に並ぶわけ」
   その日は、子猫が端っこに追いやられていた。
「で、大人の猫たちがどんどん伸し上がって来るから、端っこにいた子猫ちゃんがハミゴになっちゃうのね」
   セイさんが持っていたエサは、片っ端から大人の猫たちが捥ぎ取って行った。もちろん、子猫に与えようとしても、すぐに奪われてしまう。
   どの猫も、お腹を空かせていたからだ。
   その日のエサは、ちくわか煮干しだった。
「大人の猫たちの分を先に済ませて、あの子の分は最後にしよう。そう思った時」
   セイさんの左手が、ひゅっと引っ張られた。
   子猫の手だった。
   セイさんと、子猫の目が合った。
      ぼくにも
   驚いたセイさんは、大人の猫たちを慌てて追い払った。
   子猫は、ようやくエサにありつくことが出来た。
   しばらくすると、子猫は満足したのか、その場をすたすたと去って行った。
「はっきり聞こえたのよ」
   小さな男の子を思わせる声で、それは喋ったという。
   セイさんの家には、他に誰もいなかった。

Photo by Omran Jamal, on Flickr
The Staring Cat

「誰に言っても、信じてもらえないのですが」
   セイさんは、懐かしそうに目を細めた。
   その後も、虎猫たちはセイさんの家にやってきた。
   だが、いつしか疎遠になってしまったという。
   猫の平均寿命から考えると、今はもう生きていないだろう。
「そういえば、子猫に名前はありましたか」
「なかったわ。いま名づけるとしたら、スピカはどう?」
「......良い名前ですね」
   スピカとは、春の夜空に輝く天体のことだ。
   もし、猫が喋ったとしても。
   きっとそれは、行ったことのない星のようなものだろう。
「前田くん、猫にはわりと甘いのね」
   セイさんが、微かに笑った。

kuroihako.jpg

筆者:前田雄大

怪談団体「クロイ匣(ハコ)」の主宰者。関西を中心として、マイペースに怪談活動を行っている。https://twitter.com/kaidan_night
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