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あなたの隣はどの師匠? 長崎の寄席がコロナ対策に導入した「芸人席」が粋だった

横田 絢

横田 絢

2020.07.01 06:00
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芸人と観客が一つところに集まり、空気を共有する寄席。

新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために各地で興行が中止されていたが、徐々に再開されつつある。

長崎県の地方寄席「長崎もってこい寄席」も、2020年6月28日、約4か月ぶりの落語会を開催した。

もちろん、新型コロナ対策をした上での公演なのだが、その客席が「粋」だと注目を集めている。

あの人の名前はピンク色(長崎もってこい寄席のツイッターより)
あの人の名前はピンク色(長崎もってこい寄席のツイッターより)

劇場に備え付けられた椅子には、ひとつおきに紙が貼ってある。

一体何が書いてあるのか。最前列左側から見ていくと、「柳亭こみち」「立川談四楼」「立川志の春」......。そう、これは芸人たちの名前なのだ。

29日、長崎もってこい寄席(@Maekatsu70)のツイッターアカウントは、前日の落語会を振り返りながらこの写真を投稿。

「ソーシャルディスタンスを取る為、客席は市松模様、
『座らないで下さい!×印』ではあまりに事務的で高圧的、だから『芸人席』と称していろんな芸人さんに座ってもらいました」

とこの貼り紙の理由を説明している。観客同士が前後隣に集まって座らないよう、指示するためのものらしい。

ツイートには、

「しん平師匠と喬太郎師匠の間に座りたいwww」
「なんと粋なソーシャルディスタンス
私は、兼好師匠という玉の輔師匠の間がいいな」
「ここに座ったら...と妄想が止まらない」

など、楽しい工夫に感心するコメントが寄せられている。

この粋なアイデアはどんなふうに考え出されたのだろう。

Jタウンネット編集部は30日、長崎もってこい寄席を主催する席亭の前田克昭さん(71)を電話で取材した。

「ここには座らないで」では楽しくない

前田さんは大の落語好きで、寄席に行くために、年に何度も東京に足を運んでいるという。

長崎もってこい寄席は、そんな前田さんが21年前にはじめた催し。年に5回、東京で出会った落語家を招待して、芸を披露してもらっているそうだ。

28日に行われたのは、通算92回目の寄席。東京から落語家の春風亭一之輔さんを呼んだ。

4月に予定されていた公演が新型コロナの影響で中止となっていたため、4か月ぶりの開催だった。

客席に貼られた芸人の名前は150人分。これまでに長崎もってこい寄席に来てもらった落語家や漫才師を中心に、前田さんが一人一人の名前を書いていったという。

「私はこの(コロナの)状態になってから、行われていないから(寄席へ)行く機会もなかったんですけど、テレビとかネットの情報で、(席を)半分ずつする時にどうするのかを映像で見て。
ばつ印があって、『ここには座っちゃダメです』『ご遠慮ください』と書いてある。それを一枚書いてコピーすれば楽なんだけど、それってなんだか楽しくないなあと」

そんなふうに考えていた前田さんの目に入ってきたのは、長崎にある動物園のレストランでの取り組みだった。

利用者同士が近づきすぎないよう、一席ずつぬいぐるみが置いてある、というものだ。ぬいぐるみの隣に座った女の子が喜んでいる様子が、ローカルニュースに取り上げられているのを見て、前田さんは「楽しそうやなあ」と思ったそう。

「ただ座っちゃダメよ、というよりもこんなに楽しい仕方があるんだったら、と。
じゃあ何か代わりになるものは...と考えて、『ここは芸人さんが座る席だ』ということにしようと。それで名前を書いて、手伝ってくれた人にランダムに貼ってもらったんです」(前田さん)

観客「志ん朝師匠が隣で嬉しかった」

会場は半分が「芸人席」、もう半分が客が使用できる自由席。

普段は250人前後が落語を楽しむ寄席だが、今回は定員を150人とした。満席で、キャンセル待ちも出るほどだったという。「芸人席」の導入に対する観客の反応は、

「皆さん喜んでくださったのかな。『驚きました』とか『わたし嬉しかった、志ん朝師匠が隣で』とか」

とのことで、好評だったようだ。ツイッターへの反響は、これまでで一番だったそうで「不思議でたまらん」と前田さん。

「席にああいうのを貼ったのに、皆さん『楽しい』『粋だな』って。粋なのかなあ?と思ったりしましたけど、皆さんがそんなふうに感じられるようなことだったんですかね」

と話した。

今は、次回の落語会が今回と同じように、席数を減らして開催される場合は何を席に貼ろうかと考えているそうだ。

定番の掛け声も我慢

コロナ後初の落語会。前田さんは、もちろん「芸人席」以外にも対策を行った。

スタッフはフェイスシールドを着用し、非接触型の体温計で来場者を検温したり、エレベーターは4人ずつ乗るよう案内したりした。

これまでは受付で名簿をチェックしながら料金を受け取る形式だったが、今回は、ぴったりの金額を用意してくるよう予約客に事前に伝え、自分で料金箱に入れてもらうようにして、混雑や接触を減らした。

観客には入場前の消毒や公演中のマスクの着用を徹底させ、新宿にある老舗の寄席・末廣亭のガイドラインを参考に、観客には「ここで出すの笑い声と拍手だけ」と伝えたという。

「(前回中止になっているものだから、)今回はみんな、待って待って待っての(落語会)。気持ちとしては『待ってました!』と声をかけたくなるだろうけど、それはやめてね、と。心の中で叫んでね、と。声を出すことはよしてくださいとお願いしました」(前田さん)

また、前田さんの寄席では観客が落語に感動すると、客席から「もってこーい!」という声がかかるそう。「もってこい」とは、「長崎くんち」という秋の祭りで使われる掛け声で、アンコールを意味する。

長崎もってこい寄席では、落語が終わると緞帳が降りるが、「もってこーい!」の掛け声がかかると再び幕が開いて、落語家が挨拶をするのが、いつものスタイルだという。

「(観客には、)気持ちはわかるけど、今回だけは声を出すのは我慢してね、と。そして、拍手で皆さんの気持ちを表してくださいとは言いました。
今回(客を)半分しか入れなかったから、今までの2倍叩いていつもと同じくらいになるから、3倍4倍、手がちぎれるくらいの気持ちでね、お願いね、と」

定番のスタイルが変わってしまうのは寂しいのではないか、と尋ねると、それでもルールは守らなくてはならない、と前田さん。

これまでとは少し違う寄席だったが、待ちに待った生の落語に観客は満足したようで、「ドッカンドッカン受けましたよ」とのこと。

前田さん自身も、オンラインでの寄席は見ていたが、実際に劇場で楽しむ落語は格別だったらしく、楽しそうに笑いながら会を思い出していた。

「同じ時間と同じ空間、演者とお客さんが同じ空気の中で楽しむのがライブだと私は思ってますから。ネット配信は生に敵わない。久々の生は、よかったですね」(前田さん)

次回の長崎もってこい寄席は9月の予定。とはいえ、開催できるかどうかはまだ分からない、と前田さん。

新型コロナを乗り越え、気兼ねなく会を開催できる日が来るのを願わずにはいられない。

(Jタウンネット編集部 横田絢)

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