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広島原爆の証人「被爆手水鉢」、70年超の時を超えて修復へ

ご当地テレビ視聴隊

ご当地テレビ視聴隊

2017.01.22 07:40
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[Jステーション-広島ホームテレビ]2017年1月11日放送の広島HOMEテレビ「Jステーション」で、広島の被爆手水鉢の補修工事の模様が紹介されました。

被爆の証人・手水鉢、浅野入城400年記念で本来の姿で活用

原爆投下で、壊滅的な被害を受けた広島市の饒津神社の境内で、ひび割れたまま保存されている被爆手水鉢の補修工事が始まりました。

田渕雅也リポーターの指し示す手水鉢の下からは、水が漏れていました。

饒津神社は幕末の1835年(天保6年)に創建されました。

饒津神社(Taisyoさん撮影、Wikimedia Commonsより)
饒津神社(Taisyoさん撮影、Wikimedia Commonsより)

原爆投下当時、爆心地から約1.8kmという距離にあったことから壊滅的な被害を受けました。神社は救護所にもなりましたが、多くの人が命を落としたそうです。

このときひび割れた手水鉢は、当時と同じ場所にありますが水をためることはできないままでした。

饒津神社の浅野和同宮司は、

「被爆の証として、これは残しておきたい、みんなも使えるようにしたいという感覚でこれはひとつ修復しようということになった」

と言われていました。

修復のきっかけは、神社に祀られている浅野長晟が広島城に入城したのが2019年で400年という節目を迎えることからでした。記念行事の一環に位置づけられたことから、修復が決まったそうです。

浅野宮司は、

「この手水鉢、戦前大勢の人が使っていたんだと思う。そのへんのことに思いをはせていただければありがたい」

と手水鉢について語っていました。

修復を通じて、被爆の痛ましさを伝え、癒したい

修復を請け負ったのは京都の作庭家、齋藤忠一さんです。齋藤さんが監修を行い、愛知県から招いた専門の石工の方々が修理をします。

齋藤さんは、

「どこの厚みまでの所でボンドで接着できるか、(石工が)やりながらの経験(を生かした作業)」

と言われていました。

「(被爆の)痛ましさを癒すという、その一念だ」と工事にかける思いを口にした齋藤さん。

補修は水漏れ対策だけで、必要最小限にとどめるそうです。工事期間はおよそ一週間。被爆の物言わぬ証人が72年経って修復されることの意味が、次世代にも伝わっていって欲しいですね。(ライター:石田こよみ)

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