「親の会社が倒産し、借金取りが自宅に押し入ってきた少年時代。ある日、小学校の担任が突然...」(愛媛県・40代男性)
シリーズ読者投稿~あなたに届け、この「ありがとう」~ 投稿者:Aさん(愛媛県・40代男性)
社長の息子として生まれたAさんの生活は、バブル崩壊とともに大きく変化した。
何不自由なく暮らしていたのに、実家の会社が倒産したことで、鉛筆1本すら買えない状態になったという。
<Aさんの体験談>
私は中小企業の社長の長男として産まれ、育てられました。
しかし1990年代、私が小学3年生の時にバブル崩壊と共に会社が倒産。今で言うヤミ金、高利貸しのような方が日々家に押し入ってくる毎日が始まりました。
学校に行くと、担任の先生が泣きながら...
父親は債務整理のためずっと会えず、母親はバイトを掛け持ち。子供ながらに「大変だから迷惑をかけてはいけない」と感じていたように思います。
ある日、家に帰ると家の中はまるで空き巣に入られたかのように荒れていました。
それ以前からすでに金目の物は無かったと思いますが、その時には家電や家具までがそのまま持っていかれたかのようでした。
私は宝物のゲームボーイだけは守りたくて、ヤクザ風の人からそれだけは守った記憶があります。
次の日は普段通り学校に行きました。すると、担任の先生が泣きながらわたしを抱きしめたのです。
そして先生はこう言いました。
「いつか必ず良い時が訪れる。今は辛いかも知らないし3年生の君にはわからないかもしれない。でも君は男の子だ。お母さんをこれからも守ってしっかり生きて行きなさい」
訳のわからない事を言ってるなぁと思いましたが、その数時間後にはいきなり祖母に預けられ転校することになり、その先生にはもう会えませんでした。
あの時の先生に、直接感謝を伝えたい
要は夜逃げで、子供も転校みたいな感じですね。
今になって考えれば、その先生は今の時代ではなかなかありえない言葉を言ってくれたんだと感じます。
30年以上たった今でも、先生のことを忘れた日は1日もありません。
あの時の先生の抱きしめが無ければ今の私は存在しなかったかと感じるほどです。
ただただ「あの時はありがとうございました」と直接言いたいというのが今の願いですね。
探しても見つからなくて、今も何処かで元気にされてるのならそれでいいのですが......。
裕福な家庭に育ち3年生で一気に転落。
生まれながらに裕福だったのはありがたいことだと感じますが、落差が激しく、いきなり鉛筆1本すら買えない状況になったのは衝撃でした。
昔だからだとは思いますが、給食費も払えないから、担任の先生が自腹で払ってくれていました。
現在は小さいながらも法人の代表として日々頑張っています。
私の力の源は、当時の恩師への感謝。そしてヤミ金や高利貸しなどをいつか見返してやるという精神だけで生きてきたように思います。
先生、あの時は本当に、本当にありがとうございました。
誰かに伝えたい「あの時はありがとう」「あの時はごめんなさい」、聞かせて!
名前も知らない、どこにいるかもわからない......。そんな誰かに伝えたい「ありがとう」や「ごめんなさい」を心の中に秘めている、という人もいるだろう。
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