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「江田島の牡蠣を救いたい」地元への思いが常識を変えた 広島「IoT養殖」プロジェクト実現の背景

Jタウンネット編集部

Jタウンネット編集部

2021.01.19 12:00
提供元:広島県

プロジェクトの障壁は「正しい課題の理解」

それにしても、今まで人力でやってきたことを技術で補うというのは、どのぐらい難易度が高いものなのだろうか。ここで改めて、このプロジェクトにおいて苦労したことを尋ねた。

中尾教授がまず挙げたのは、技術的な問題である。

プロジェクトではまず、効率のいい牡蠣養殖のため、親貝の産卵時期の把握や幼生がいる海域の予測をすべくドローンを導入した。

行うのは、潮流シミュレーション。

まず「白濁現象」と呼ばれる牡蠣の産卵状況をドローンで上空から撮影し、産卵を確認する。

それを踏まえて潮の流れをシミュレーションし、数日後の牡蠣の幼生の予測を行うのだ。

この作業は、もともと人間の勘と経験で実施されていたもの。

そこにドローンを導入し、海の状況をしっかり確認した上で潮流シミュレーションを実施することで、正確な産卵時期や浮遊範囲を予測できるという狙いがある。

加えて、産卵の予兆を捉えるため、水温や塩分濃度などの状況を監視、収集して分析し、データ化することで海中の様子を測定しようとさまざまな海中センサーを設置。そこからデータを収集するための、低コストIoT 通信手法を用いたインフラも整備した。

しかし、これらの管理がなかなかに厄介だった。

海上でインフラを整備するには、解決すべき課題が二つある。

まず一つが、太陽光発電という気象条件に左右される電源環境下において、通信を持続させるためいかに消費電力を抑えるかという技術的課題。そして、電子機器にとって過酷な海上という環境下で安定して動作させるための、防水や塩害対策といった環境的課題だ。

水温や塩分濃度など様々な値を計るセンサーがある
水温や塩分濃度など様々な値を計るセンサーがある

「海中は見えないのでどんなことが起こるのが完璧に想像することはできないんです。

水中にたらしたセンサーが生物たちの住処になってしまったり、そうすると水温が上手く計れなくなるので付着物を除去したり、付着しないように特殊な塗料を塗ったりしなければいけません」

地上で実験をしている際には予想していなかったようなハプニングがたくさん起きたと話す中尾教授。

あるときは、センサーの値に異常があり、何があったのかと現地の担当者に様子を見に行ってもらったところ、衝撃的な報告があがってきた。

「なんとセンサーをつけていた筏が、台風で流されてしまって丸ごとなくなっていたんです。東京で値だけ見ていると、センサーに異常があったら壊れたのかな、とかそんな想像をするんですが、まさか筏が丸ごとなくなっているとは思わなくて......。みんなでとても驚きました」
センサーは設置も大変な作業
センサーは設置も大変な作業

とはいえ、こういった技術的な面の困難については

「技術者としてこういった予測もできない、見たこともない課題にチャレンジするというのは非常に面白いことでもあるんですよね」

と話す中尾教授。

また、養殖中の牡蠣の状態や漁場の状態といった海中の可視化が課題の解決に繋がるとし、20年8月からは水中ドローンの導入にもチャレンジ。

目的は、養殖中の牡蠣に悪い影響を及ぼす付着生物の状況と、海底の堆積物の2つの状況を確認することだ。

付着生物については現状、生産者が手で引き揚げることで確認を行っている。そのため、水中ドローンの活用が進めば、労働環境の改善にもつながる。

また、海底の状況については現状では把握できていないが、海中ドローンが活用できれば、水質の悪化の原因解明と対策立案といった効果が期待できるそうだ。

なお、水中ドローンの操作や映像の送信には、5Gの通信技術を活用している。

高速・大容量が大きな特徴とされる5Gだが、今回の実証で重要となっているのは低遅延だ。

遠隔からの操作を行う場合、通信の遅延が大きいと操作が追い付かなくなる。そのため、5Gの「低遅延」というポイントが非常に重要となる。

もちろん高速・大容量であることでより解像度の高い映像を送ることも可能となっている。

実際に、実証実験では、海中ドローンで撮影した牡蠣の様子をリアルタイムで、かつ高精細の綺麗な映像で離れた地上からも確認できている。

しかし、水面上では電波があまり飛ばなくなるという通信的な問題もあり、海上での実証は難航しそうだ。

このように、技術的な課題も多々あったこのプロジェクト。

しかし、それよりももっと大きな障壁があったという。

その障壁とは、牡蠣養殖産業における社会課題をはっきりと認識すること。

中尾教授は

「プロジェクト立ち上げ当初、牡蠣養殖の抱える課題をよく理解しないまま、我々の持っている技術なら何でも解決できると意気込んでいました。
しかし、この傲慢さがよくなかった。一度落選してしまったのもこれが原因です」

と振り返る。

「実際に、牡蠣の産業を行っている現場ではどういう課題が発生しているか、これを理解するのにかなりの時間がかかりました。

私は情報通信の専門ですけれども水産業の専門ではないので、きちんと理解するために水産関係の論文とかも読むようになりましたし、広島湾の地形についても勉強しました。

正しい課題を一から把握するのがこのプロジェクトにおいて一番難しいことだったと思います」
データだけではない「成果」とは
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