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「江田島の牡蠣を救いたい」地元への思いが常識を変えた 広島「IoT養殖」プロジェクト実現の背景

Jタウンネット編集部

Jタウンネット編集部

2021.01.19 12:00
提供元:広島県
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広島の冬の味覚といえば「牡蠣」。生産量も全国の6割を占めている名産品だ。

中でも江田島市は、全国の市町村生産量1位の座を呉市と争い続けている、県内でもトップクラスの牡蠣の産地。市内の港では、牡蠣を養殖するための牡蠣筏がずらりと並ぶ様子も見ることができ、同市のみならず広島県の象徴的な風景とされている。

広島湾に並ぶ牡蠣筏
広島湾に並ぶ牡蠣筏

しかし、近年、その江田島の牡蠣の養殖産業がピンチに陥っている。

その大きな原因のひとつは、牡蠣養殖においてとても重要な「採苗」にある。

これは、海中にいる牡蠣の幼生をホタテの貝殻に付着させて集める行程だが、近年はその確率がとても不安定になっているという。2014年には採苗率が過去最低を記録し、牡蠣養殖業の存続も危ぶまれるほどの事態になったそうだ。

大変なことは、それだけではない。

牡蠣の海面養殖は水質の管理が難しく、かつ、密集して生育を行っているため、海中の生物が悪影響を与えるなどの問題があるそう。

具体的にいえば、牡蠣の個体や設備に海中の生物が付着して、潮の通りを悪くしたり、餌を奪ったりするのだという。

これらを防ぐためには、定期的に海中の状況を把握するなどの対策が必要となる。

しかし、リアルタイムで海中の様子を把握することはそう簡単ではないし、そもそもの人手が減少しているという問題もある。結果として、海中の状況を十分に把握できず牡蠣が死んでしまい、生産率が低下してしまっているのが現状だ。

そんな江田島の牡蠣養殖業の課題を解決すべく、広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」では、「スマートかき養殖IoTプラットフォーム」と題した実証実験に取り組んでいる。

Jタウンネットは、この実証実験の中心人物である東京大学大学院情報学環の中尾彰宏教授に話を聞いた。

プロジェクトの中心を担う東京大学大学院の中尾彰宏教授
プロジェクトの中心を担う東京大学大学院の中尾彰宏教授

「広島ならではの課題に向き合う」

この実証実験は、中尾教授とNTTドコモ中国支社を中心に、シャープ株式会社、江田島市、平田水産・平田水産技術コンサルティング、東京大学、内能美漁業協同組合、ルーチェサーチ株式会社、中国電力株式会社、株式会社セシルサーチ、広島県立総合技術研究所といった10社・団体が協力して進めているもの。ドローンや5G通信などの技術を使うことで、牡蠣の養殖をより効率化しようという試みだ。

まず中尾教授に、このプロジェクトでひろしまサンドボックスに参加しようとしたきっかけを尋ねた。

「私の所属している東京大学が地方創生に力を入れている、というのが大前提にあるんですが、それだけではありません。
実は私は、広島の出身なんです。
そんな地元の広島をよくしたい、という思いからこのプロジェクトへの参加を決めました」

では、解決を目指す課題として、牡蠣養殖産業を選んだのはどうしてか。中尾教授に聞くと、

「広島ならではの地域の課題に向き合いたかったから」

と答える。

IoTやAIといった最先端技術を活用するにあたり、メンバーでいろいろな分野を検討したと中尾教授。もともと、漁業でいきたいとの思いがあったとのことで、必然的に全国的にも有名な「広島の牡蠣」に辿りついた。

この選択について、教授は改めて「とても良かった」と振り返る。

「やっぱり牡蠣が好きっていう人は多いじゃないですか。だから関心を持ってもらいやすいのか、講演などでも皆さんの食いつきがとても良いんですよね。

地域の食文化や特産物っていうのは他の課題と比べて、全国の人から興味を持ってもらえるような課題なので、その解決を目指したというのはサンドボックスの事業として考えてもとても良かったと感じています」

確かに、食べ物の話となれば聞いてみようと思う気持ちはとてもよく分かる。有名な広島の牡蠣がどんな課題を抱えていて、それをどう解決するのか、気になるという人は多いことだろう。出身や世代を問わない、とても分かりやすい課題なのかもしれない。

プロジェクトについての講演も行っている
プロジェクトについての講演も行っている

だが実は、中尾教授らのアイデアは、一度ひろしまサンドボックスの公募に落選していたという。しかしそれでも諦めず、19年1月に二度目の挑戦が実り、無事にサンドボックスの事業として採択された。

なぜそこまで、このプロジェクトにこだわるのか。一度目の落選時、「二度目がダメなら三度目も挑戦しようと思っていた」と考えていたという中尾教授にその理由を尋ねると

「これは本当に人と人の縁で繋がっているどこか運命的なものを感じるプロジェクトなので、絶対に採択されたいという強い思いがありました」

と熱を込める。

関係者同席の元、オンラインで取材した
関係者同席の元、オンラインで取材した

「そもそも、実証実験の場所である江田島が、私にとって非常に馴染みのある場所でした。
祖父が江田島の海洋兵学校の教師だったので、小さい頃からよく行っていましたし、私の母校の海浜学校もあるため、小学生の頃には夏にみんなで泊まりにも行っていました。

縁があるのは場所だけではなくて、たとえば私が子どものころ、江田島にある母方の墓に墓参りに行くときに通っていた道がプロジェクトメンバーのご実家の目の前だった、なんてことが分かったりもして......。

ほかにも関係者同士の不思議な繋がりを感じる場面が何度もあったんです。そのたびに、これはもう見えない力で繋がった人たちが故郷に錦を飾るために集まったプロジェクトなんだという実感を持ちました。だからこそ、絶対にサンドボックス事業として採択されたかったんです」
実証実験を行っている江田島
実証実験を行っている江田島

プロジェクトの障壁は「正しい課題の理解」

それにしても、今まで人力でやってきたことを技術で補うというのは、どのぐらい難易度が高いものなのだろうか。ここで改めて、このプロジェクトにおいて苦労したことを尋ねた。

中尾教授がまず挙げたのは、技術的な問題である。

プロジェクトではまず、効率のいい牡蠣養殖のため、親貝の産卵時期の把握や幼生がいる海域の予測をすべくドローンを導入した。

行うのは、潮流シミュレーション。

まず「白濁現象」と呼ばれる牡蠣の産卵状況をドローンで上空から撮影し、産卵を確認する。

それを踏まえて潮の流れをシミュレーションし、数日後の牡蠣の幼生の予測を行うのだ。

この作業は、もともと人間の勘と経験で実施されていたもの。

そこにドローンを導入し、海の状況をしっかり確認した上で潮流シミュレーションを実施することで、正確な産卵時期や浮遊範囲を予測できるという狙いがある。

加えて、産卵の予兆を捉えるため、水温や塩分濃度などの状況を監視、収集して分析し、データ化することで海中の様子を測定しようとさまざまな海中センサーを設置。そこからデータを収集するための、低コストIoT 通信手法を用いたインフラも整備した。

しかし、これらの管理がなかなかに厄介だった。

海上でインフラを整備するには、解決すべき課題が二つある。

まず一つが、太陽光発電という気象条件に左右される電源環境下において、通信を持続させるためいかに消費電力を抑えるかという技術的課題。そして、電子機器にとって過酷な海上という環境下で安定して動作させるための、防水や塩害対策といった環境的課題だ。

水温や塩分濃度など様々な値を計るセンサーがある
水温や塩分濃度など様々な値を計るセンサーがある

「海中は見えないのでどんなことが起こるのが完璧に想像することはできないんです。

水中にたらしたセンサーが生物たちの住処になってしまったり、そうすると水温が上手く計れなくなるので付着物を除去したり、付着しないように特殊な塗料を塗ったりしなければいけません」

地上で実験をしている際には予想していなかったようなハプニングがたくさん起きたと話す中尾教授。

あるときは、センサーの値に異常があり、何があったのかと現地の担当者に様子を見に行ってもらったところ、衝撃的な報告があがってきた。

「なんとセンサーをつけていた筏が、台風で流されてしまって丸ごとなくなっていたんです。東京で値だけ見ていると、センサーに異常があったら壊れたのかな、とかそんな想像をするんですが、まさか筏が丸ごとなくなっているとは思わなくて......。みんなでとても驚きました」
センサーは設置も大変な作業
センサーは設置も大変な作業

とはいえ、こういった技術的な面の困難については

「技術者としてこういった予測もできない、見たこともない課題にチャレンジするというのは非常に面白いことでもあるんですよね」

と話す中尾教授。

また、養殖中の牡蠣の状態や漁場の状態といった海中の可視化が課題の解決に繋がるとし、20年8月からは水中ドローンの導入にもチャレンジ。

目的は、養殖中の牡蠣に悪い影響を及ぼす付着生物の状況と、海底の堆積物の2つの状況を確認することだ。

付着生物については現状、生産者が手で引き揚げることで確認を行っている。そのため、水中ドローンの活用が進めば、労働環境の改善にもつながる。

また、海底の状況については現状では把握できていないが、海中ドローンが活用できれば、水質の悪化の原因解明と対策立案といった効果が期待できるそうだ。

なお、水中ドローンの操作や映像の送信には、5Gの通信技術を活用している。

高速・大容量が大きな特徴とされる5Gだが、今回の実証で重要となっているのは低遅延だ。

遠隔からの操作を行う場合、通信の遅延が大きいと操作が追い付かなくなる。そのため、5Gの「低遅延」というポイントが非常に重要となる。

もちろん高速・大容量であることでより解像度の高い映像を送ることも可能となっている。

実際に、実証実験では、海中ドローンで撮影した牡蠣の様子をリアルタイムで、かつ高精細の綺麗な映像で離れた地上からも確認できている。

しかし、水面上では電波があまり飛ばなくなるという通信的な問題もあり、海上での実証は難航しそうだ。

このように、技術的な課題も多々あったこのプロジェクト。

しかし、それよりももっと大きな障壁があったという。

その障壁とは、牡蠣養殖産業における社会課題をはっきりと認識すること。

中尾教授は

「プロジェクト立ち上げ当初、牡蠣養殖の抱える課題をよく理解しないまま、我々の持っている技術なら何でも解決できると意気込んでいました。
しかし、この傲慢さがよくなかった。一度落選してしまったのもこれが原因です」

と振り返る。

「実際に、牡蠣の産業を行っている現場ではどういう課題が発生しているか、これを理解するのにかなりの時間がかかりました。

私は情報通信の専門ですけれども水産業の専門ではないので、きちんと理解するために水産関係の論文とかも読むようになりましたし、広島湾の地形についても勉強しました。

正しい課題を一から把握するのがこのプロジェクトにおいて一番難しいことだったと思います」

データだけではない「成果」とは

数々の困難を、縁のある、かつ多様な分野の専門家たちと協力して乗り越え、広島の牡蠣養殖業の課題解決を目指してきたこのプロジェクト。

もうすぐ、2年の実証実験期間が終わる今、改めてこれまで中心となって研究を進めてきた中尾教授に、その成果や感想を尋ねた。

「まずはやはり研究の結果ですね。
二年という短い期間ではあるんですが、牡蠣の赤ちゃんがだいたいどの海域にたくさんいるかとか、いくつかのデータ解析の結果を出せたのは非常に大きかったです」

そう話す中尾教授は、集まったデータなど実験の結果については今後も検証が必要とした上で、

「データがこれだけとれて、結果がこれだけ出たので終わりということではなく、せっかくこれがきっかけでたくさんの人の繋がりができたので、これからも研究を続けていければと思います」

とも話した。

また中尾教授は、得たものは必ずしも技術的なことだけではなかったとも。

「県の方をはじめ、ドコモの中国支社やシャープ、中国電力など、地元の人間、地元の会社が中心となって、みんなで課題解決に取り組めた意味というのは非常に大きかったのではないかと考えています。

技術だけでは不可能だったことを、人々の繋がりが可能にしたという成功事例を広島から発信したいですね」

今回のプロジェクトのように、技術で結果が収集できただけではなく、人と人の縁、繋がりを味方にして実証実験を進めたことが「成功」なのだとしていた。

<企画編集・Jタウンネット>

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