客を愛し、愛された名喫茶「蘭」閉店へ 市村正親も魅了した「絶品ナポリタン」
来る人、全員が家族
食後、この店で働く本合(ほんごう)典子さんに話を伺うことができた。
今回はナポリタンをいただいたが、ほかのおススメについて聞くと、
「全部です」
と答えた。筆者は少し驚いてしまった。というのも、入り口にあるサンプルを見るとジャンルを問わずに様々なメニューが並んでいる。人間が作っている以上、不得意なメニューがある方が自然だろう。
特に食べてもらいたいのはナポリタンとしつつ、好きなものどれを食べてもおいしいというのがこの店一番のセールスポイントだ。
料理の幅広さだけでなく接客も重要なポイントだ。
「おいしいのも重要だけど、雰囲気づくり。忙しい中に家庭的な雰囲気を」
実際、筆者が目撃した楽しそうな客とのやり取りも蘭の特徴なのだ。
その接客術は驚くもので「一度来たら覚える」、「モーニングは聞かなくても頼むものがわかる」と超人的なものだ。これについて本合さんは、
「気遣い、心遣いができる店」
アットホームな雰囲気は店員のこうした意識があるからこそ成り立っている。
そうした信頼関係が構築されていることもあり、10数年通う常連客もザラだという。一方で閉店の告知で悲しむ客も多く、中には泣いてしまった人もいる。そういった惜しむ声を数々受け止めた本合さんは、こう話す。
「こんなに愛される店だったんだ」
閉店を惜しむのは本合さんも同じ。最初はきつかったが、唯一無二の空間が出来上がったことを振り返り、
「寂しい、残念もあるけど最後まで泣けない」
閉店までに筆者のような新しい人が来るかもしれない。そうした人のことも考え、グッと感情をこらえる。
仕事でずっと訪れた常連客がリタイアするときは入り口で握手し、見えなくなるまで見送ると本合さん。今度は店が別れを告げる番だ。
閉店の知らせは徐々に周知され、レジには手書きで綴った告知のコピーが積まれている。
家族のような間だからこそ、泣いたり笑ったり様々な感情がそこにあった。「ただいま」と言える場所はできることなら永遠にあってほしいと願うもの。しかし、そこは家族だからこそしっかりと決断し、伝えなければならない。
この知らせを伝えなければならない、感情は筆者では到底わかりえない。今回、本合さんはしっかりとわかりやすく伝えてくれたが、それ以上の万感の思いが渦巻いているように感じた。これだけ思われている蘭の客は幸せと言わず何といえる。
私もこの店の家族になりたかったな。
(Jタウンネット編集部 大山雄也)