群馬にリアル「三途の川」があった なぜこんな名称に?歴史を調べてみたら...
「当時の人々に対する立体的な布教の表れと思われる」
甘楽町を流れる利根川水系の一級河川「三途川」。この三途川と国道254号との交差するところに姥子堂(うばごどう)というお堂がある。
この姥子堂には奪衣婆(だつえば)という老婆の鬼の像が祀られている。
伝承によれば、奪衣婆が三途の川を渡ってきた亡者の衣服をはぎ、隣にいる懸衣翁(けんえおう)という老人に渡す。懸衣翁は衣服を樹の枝にかけて亡者の罪の重さを計り、結果を閻魔大王に送る役目をするという。
そんな姥子堂の西に流れる三途川。甘楽町の公式サイトでは、姥子堂や三途川は、
「当時の人々に対する立体的な布教の表れと思われる」
と記されている。
また産経新聞の16年10月1日の報道によれば、1820年に書かれた「宝勝寺起立之書」(町指定文化財)という文書のなかに、
「奈良時代の僧である行基(ぎょうき)が奪衣婆像を彫り、川の名を三途川と唱え、村人が堂を建てて、像を祀った」
といった趣旨の記載があるという。
群馬県のほかにも全国には三途の川がまだまだある。恐山(青森)の麓にある宇曽利山湖が流れている三途川も有名だ。
人々の信仰により名付けられた実在する三途川。大丈夫だとは思いながらも、渡るときには肝を冷やしてしまいそうだ。
(2月25日15時追記)
記事中の表記に一部誤りがあったため、訂正しました。