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蛇に、親戚が祟られた話【ささや怪談】

前田雄大

前田雄大

2015.10.25 20:00
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「怖い話、ひとつ分けてあげようか?」
   姉川やえは、にっこり微笑みながら、そう言った。
   彼女は、わたしの先輩であり友人だ。
   この日の彼女は、黒いワンピースを着ていた。
   わたしたちは、数か月ぶりに再会して、カフェで互いの近況報告を行っていた。店内には、ニール・セダカの「カレンダーガール」が流れていた。
   わたしは、彼女の気分が変わらないうちに、追加のアイスカフェオレを注文した。それから、次に仕事で遠方を訪れたときは、彼女の分のお土産も買ってこなければと思った。
「どんな話?」
   姉川さんが、中学生だった頃の話だ。

   十二年前。
   彼女の母親の親戚に、Sというおばさんがいた。
「あのね、すっごくモテなそうな人だった。十回ぐらいお見合いしてもダメだったみたい。ぜんぜん結婚できなかったらしくて」
   冴えない、ネクラな女だったという。
   Sさんは、小さなころから憂さ晴らしが好きだった。
「動物をいじめて殺すのが好きだって言ってた。そういう話を、笑いながら言う人」
   刺したり沈めたり踏んだり焼いたりしたのだろう。
「その時点で、個人的に許せないんだけど」
「前田さんが嫌いなタイプだと思う。で、その人がね、ある日突然うちに来たの。夜の八時ぐらいに」
   Sさんは、玄関先で、嬉しそうに話し始めた。
「私やっと縁談が上手くいって今度よ、今度結婚するの。結婚なのよ」
   そんなことを、壊れたレコードのように繰り返して、帰ってしまった。
   一か月ほどして、親戚の集まりか何かで、Sさんの話題が出た。
   姉川さんの母が、こんな話をしていた。
「あの人の縁談ね、誰も来なかったんだって。だれもよ。でも、みんな反対してるのに、あの人は結婚するって聞かないの」
   親戚の人たちも、口々に「あれはおかしい」という事を言っていた。
   そんな記憶が、姉川さんにはある。

   季節が、少しだけ過ぎた頃。
   夕食か何かの時に、姉川さんの母が、Sさんの話題を始めた。
「結局、あの人結婚するって、相手の人の家に行ったの。お家で婚儀(結婚式)することになったみたいだけど、向こうの親御さんたちは出て来もしなかったらしいの!」
「何それ、ありえないよ!」
「新郎と仲人だけは来てたけど。でも次の日に、旦那さん、布団の中で死んでたの」
   姉川さんは、凍り付いた。
「それで、お通夜の時にね、棺の上で、蛇がとぐろを巻いてたって。で、あの人、蛇に睨まれて、倒れたみたい。今は実家に帰ったけど、ノイローゼか何かみたいよ」
   彼女の母は、気味の悪いものを見るような目つきになっていた。
   それきり、Sさんとは会っていないし、話題にも上らなくなった。

jronaldleeさん撮影、Flickrより
Glossy

「この話、何だったの?」
   わたしは、ココアを飲み干してから、そう尋ねた。
「さあ?蛇にでも祟られたんじゃない?」
   姉川さんは、無邪気に笑いながら、アイスカフェオレを飲み始めた。
「新郎は、どんな人だったのかな」
「たぶんすごい普通の人だったと思うよ」
「それと、Sさんがよく殺してた動物って、何なの?」
「蛇」
   蛇は、古来から世界各地に於いて、神聖な存在として崇拝される動物だ。
「これ、姉川さんの作り話じゃないよね」
「違う」
「いちおう聞いただけ、念の為」
   怪談を集める時は、体験者を疑ったり笑ったりするのは良くない。心に余裕が無いのなら、最初から集めなければ良い。だが、すべてを信じることは、あまり薦められない。
「他に、何か覚えてない?」
「ぜんぜん。Sさんに会おうと思えば会えるし、お母さんから聞き出してもいいけど、そこまでしたくない。あと、この話だけど、障りがある気がした」
「だから、わたしに譲ってくれるんだね」
「大丈夫、○○をしなければ大丈夫だから」
   わたしは、お祓いをするつもりはない。これまでも、これからも。
「でも、本当にこの話を書いてもいいの?」
「いいんじゃない?動物殺す奴が減ったらいいと思う。それに、誰かに何かがあったら、後日談とか聞けそうだし」
「結局、Sさんはどうなったのかな」
「知らない」
   彼女は、悪戯っぽく笑いながら、アイスカフェオレを追加注文した。
   だが、わたしはといえば、ある想像が溢れ返って、堰き止められなくなっていた。

      手足を失った女が、蛇のように這いまわりながら生き続けている光景。

筆者:前田雄大

怪談団体「クロイ匣(ハコ)」の主宰者。関西を中心として、マイペースに怪談活動を行っている。https://twitter.com/kaidan_night