移住希望者同士がともに「なりわい」を探す―鳥取県が始めた新しい形の講座「とりラボ」
人口が全国最少、約58万人の鳥取は、移住者の誘致活動に積極的な県の1つだ。東京や大阪で頻繁にセミナーを開き、移住者に対する支援体制は全国随一だ。人口減少を食い止めるだけではなく、移住者は地域の未来を担う人材になってほしいと願っている。
そこで県は新たな事業を2015年7月にスタートした。
「鳥取スタートラボ」(略称「とりラボ」)は、移住希望者が一方的に話を聞くだけでなく、移住後のライフスタイル=生業(なりわい)について、同じ目的をもった仲間と一緒に考えてもらう講座だ。
人生の分岐点は人それぞれだ。進学、就職、結婚、転居、住宅購入、子の誕生、親しい人との別れ――。最近希望者が増えている「移住」は、そのいくつかがまとめてやってくる大イベントといえる。
移住の前と後で人生はガラっと変わる。それだけに事前のシミュレーションはちゃんとやっておきたい。1人よりも大人数で議論した方が、盲点に気づく可能性は高い。
「どうやって鳥取で生活する?」を大人数で議論する
講座のプログラムは全4回。キックオフからゴールまで約6カ月にわたる長期的な施策だ。地域の暮らしや働きを体感するため、7月25・26日に鳥取を訪問する。ワークショップを重ねながら、鳥取での生業(なりわい)モデルを作成・発表していく。
集まった受講者は男女合わせて10名以上。平均年齢は30代前半で、意外なことに男性より女性の応募者の方が多い。今回はやむなく欠席したものの、2回目以降から参加する人もいるそうだ。
Jタウンネット編集部は、アンテナショップ「とっとり・岡山新橋館」で開催された12日の第1回講座「鳥取を知る」を見学させてもらった。
女性に多い「故郷じゃないけど鳥取が好き」
プログラムは13時30分に始まった。進行役は鳥取ラボラトリー事務局代表の小谷草志さん。なかなかのイケメンでしかも若い。関西出身らしい軽妙なトークで場を和ませる。
最初に参加者の自己紹介が行われた。応募した理由や鳥取でしたいことを各人が簡単にスピーチする。
男性は全員鳥取県の出身で、故郷に対する秘めた思いを素直に述べていた。
一方、女性は出身がバラバラ。鳥取に縁のある人もいれば、「旅行して気に入ったから」という人もいる。ある既婚女性は「旦那はあまり乗り気じゃないけど、引っ張ってでも連れて行きたい」と意気込んでいた。
第1部は「今の『とっとり』を知る」。鳥取市鹿野町(地区)・八頭町・智頭町からやってきたゲストスピーカー3名が、各地域の実情と抱える問題点、町おこしの活動について、プレゼンテーションを行った。
彼らは市役所や町役場の正規職員ではない。腰の重い行政を動かすため働きかけを行ったり、集落の意見調整、地域おこし運動、地場産業の活性化などに汗を流してきた。
鳥取市鹿野地区は移住者を受け入れる体制が整っていて、移住者が移住者を呼ぶ状態になっている。2014年度は21人が移住した。店を開く人も入ればゆるい仕事観の人もいて、いろんな意味で人材は多彩そう。
話を聞いて感じることは、人口の少ない地方は住民一人ひとりの存在が重いこと。平成の大合併で市や町の規模は大きくなり、行政の合理化が進んだ一方で、職員も手が回らなくなってきているのではないか。
移住先に骨をうずめる――地域の歴史をつむぐ覚悟があれば、出身地でなくてもキープレイヤーになり得るのではないか。
ゲストスピーカーからは意外な話も飛び出した。鳥取県全体では空き家が増えているものの、移住者に人気の地域は空き家の確保が追いついていないというのだ。
3地域が移住者受け入れ先進地で、人気が高いことが一番の理由だが、所有者が出し惜しみをしていること、定住意欲に乏しい「渡り鳥」に対する警戒心なども背景にある。鹿野地区の場合、協議会と所有者の間に信頼関係があるので、空き家活用に至っている。
ワークショップの出来に出席者から拍手喝采
第2部はワークショップ「地方で○○をしてみたい」。参加者は3つのグループに分けられ、ゲストスピーカーのフォローを受けながら、3地域でやってみたら面白そうなコトを考えていく。
「住む・働く・鳥取県 移住フェアin東京」のため上京していた、鳥取県岩美町の地域おこし協力隊のメンバーも参加し、5人1組×3グループで課題をこなした。
1グループにつき1地域担当。アイデアを出すだけでなく、実現に必要なマネー=予算も出す。それらを整理して模造紙にまとめ、出席者の前で発表する。
初回にしてはハードルが高くないか――傍から見ていて不安だったが、初対面とは思えないほど、和気あいあいと課題をこなしていった。
参加者の職業はバラバラだったが、各人とも持ち味と経験を活かしていた。アイデアがポンポン出てくる人、分析・整理の上手な人、名コピーを考える人、字の上手な人、プレゼン力のある人――。
「ひょっとしたら、事前に講座内容を伝えていたのかも」と邪推した筆者だが、そのようなことは一切していないという。
「7月12日の発表に関しては何も告知していません。ただ、ちゃんと発表までいけるように1日全体を通して色々な仕掛けを考えて企画したことが、功を奏して良かったと思っています」(事務局代表)
講座が終了したのは18時過ぎ。予定の4時間を大きくオーバーしたが、通常の移住セミナーでは味わえない学びがあり、参加者の意欲もより高まったのではないか。
鳥取県庁とっとり暮らし支援課の担当者も会場にいた。初めての試みに不安もあったようだが、ホッとした表情を浮かべていた。
「どんな人たちが集まるのか心配していましたが、鳥取県にゆかりのある方、そうでない方、いろいろなお仕事をしておられる方、すごく前向きに移住を考えている方、いろいろな立場の人たちに参加していただき、皆さん真剣に話を聞き、積極的に関わっていただき、良いスタートが 切れたかなという印象です」
一方、県から受託を受けて今回の講座を開いた事務局は、次のように分析している。
「全体を通して、全6回の下準備・雰囲気作りとしては非常に良い感じだったと思っています。その結果は今後のセミナーや生業モデル作りに影響が出てくると思っています」
「反省点としては、(1)参加者による意識レベル・スキルレベルの違いを上手く内包できなかったこと。そして、予想はしていましたが(2)短い時間での地域プレゼンテーションだけではなかなか各地域に対する理解が進まなかったことです」
「(1)については、今後の班編成や企画の運び方にしっかりと反映していきたいと思っています。(2)に関してはFacebookグループなどを通じて出来る限りのフォローをしていきたいと思います」
7月25・26日の第2回は、ゲストスピーカーの所属する団体が2日間かけて3地域を案内する。 都会人と鳥取人、さらに参加者同士が結びつくことによって、どんな生業モデルが生まれるだろうか。