[ドデスカ!-名古屋テレビ]2014年12月17日放送の全力リサーチのコーナーで、五平餅の形について調査していました。 ザ五平餅ではないの? 五平餅とはごはんをつぶして形作り焼いてタレをぬったもので、愛知・岐阜・長野・静岡の山間部で食べられている郷土料理です。 愛知県でイメージされるのは、木のヘラに楕円状に平べったくごはんが付いている、一般的に「わらじ型」と呼ばれるものですが、この「わらじ型」は地域全体で見ると、半分ほどしかないそうです。 これが「わらじ型」(takako tominagaさん撮影、Flickrより) 見慣れた五平餅はこの形のような気がしますが、これ以外の形そもそも見たことありますか? 中山道の宿場町で五平餅の形が変わる 江戸時代に作られた、東京と京都を結ぶ5街道のひとつ中山道。岐阜と長野を通る街道沿いには、多くの宿場町がありました。 そのひとつで岐阜県中津川市にある馬籠宿は、江戸時代の雰囲気を残す昔懐かしい街並み。こちらの名物が五平餅です。 「白木屋」で出てきたのは、五平餅というよりみたらし団子のような丸い形の「だんご型」の五平餅です。 団子型(KIUKOさん撮影、Flickrより) 続いて中山道沿いに岐阜から長野に入ったところにある、長野県南木曽町の妻籠宿へ。 昭和43年創業のおそばやさん「しんや」の五平餅は、先ほどよりも少し大きくて平べったい「団子型」でしたが、妻籠宿の五平餅は、団子型だけではありませんでした。 「やまぎり食堂」では「わらじ型」の五平餅が出てきました。妻籠宿では「わらじ型」と「団子型」のお店が半分づつくらいとのこと。 アレがなくても五平餅!? さらに中山道を北上し、長野県塩尻市の奈良井宿へ。昭和44年創業の老舗茶屋「宿場の味 越後屋」では、形以前に五平餅と言えば必ずあるはずのアレがありません。 なんと串がなく、おにぎりに味噌をぬったような見た目です。 おにぎり型(Kakei.Rさん撮影、Flickrより) それぞれの宿場町の方に形について聞いてみましたが、皆さんそれぞれの家々に受け継がれてきた形なので、なぜこの形になったのか理由はわからないとのこと。 五平餅研究家が調べた結果は そこで五平餅の形に詳しい方がいないか調べたところ、五平餅について研究されている安藤利道さんを見つけましたが、残念ながら2012年に逝去されていました。 しかし研究資料が岐阜県恵那市に保管されているとのことで、見せていただきました。 安藤さんは恵那市史編集委員を務め、五平餅に関する調査を独自に行っていたそうです。 自ら食べ歩いたり、聞き取り調査を行った五平餅の形などを手書きで記録し、五平餅の形をまとめたオリジナルの分布図もありました。 安藤さんによれば元々は「わらじ型」や「きりたんぽ型」だったと推測していたとのことで、その理由は恵那市役所の伊藤英晃さんによると「山の講という山の神様を奉るお祭りがありまして、長い棒にごはんを握りつけた手握り五平という「きりたんぽ型」の原型みたいなものがあり、今もその行事が行われています」とのことでした。 なぜ他の形は生まれたのか? 長野県飯田市で団子型を初めて作ったという、砂払温泉へ。 砂払温泉は江戸中期に五平餅屋を創業、その際に竹を輪切りにした型にごはんを押し込むことで、同じ形のものをたくさん作るのに便利だったために、この形を考案したそうです。 作りやすさから考えられたこの形は、砂払から街道を通って伝わり岐阜のほうへ広がったと言われています。 最後に奈良井宿の「おにぎり型」については、長野県の郷土料理である「おやき」と同じ焼き方で、ほうろく鍋を使って焼かれていたため串が必要なかったのでは?ということでした。 こんなにいろいろな形の五平餅があったとは驚きでした。旅先で五平餅を注文してみると、食べたことのない形の五平餅が出てくるかもしれません。(ライター:神谷祐美)