桜大仏で人気の壷坂寺は清少納言の「推し寺」だった 道長や一条天皇とも...「光る君へ」登場人物とのゆかり
清少納言の「推し寺」です
ところで読者は、NHK大河ドラマ「光る君へ」をご覧になっているだろうか。
ファーストサマーウイカさんが演ずる清少納言が登場し、その不思議な個性と存在感があまりにも鮮やかで、思わず惹きつけられた人も多いだろう。
そんな清少納言が「枕草子」の中で霊験あらたかな寺の筆頭に挙げているのが、壷阪寺だ。
「寺は壷阪、笠置、法輪...」と、称賛しているのである。壷阪寺の広報担当者は誇らしげに語る。
「今風で言うと『推しの寺』として壷阪寺をご紹介していただいています」
平安時代は、壺阪寺が興隆期を迎えた時期。36の御堂と60以上の坊舎が存立していたと記録されているという。
このころ長谷寺と共に定額寺(じょうがくじ、国分僧寺・国分尼寺の次に位置付けられた寺院)の格に列せられたことで、都から多くの貴族や庶民がさらに盛んに参拝するようになったそう。
「一条天皇の眼病平癒祈願を壷阪寺で行われたと記録もあり、中宮定子に仕えていた清少納言が、壷阪寺の観音様の霊験に感銘を受け、枕草子に著したのではとも言われています。
またその反対に、清少納言が一条天皇の祈願に壷阪寺をすすめたのかもしれません」(広報担当者)
担当者によると、平安時代初期の説話集「日本感霊録」に、盲目の沙弥が壺阪観音の信仰で開眼治癒したという話が入っている。すでにこの頃から本尊の十一面千手観音は民間の信仰を集めていたらしい。
「これは後世のいわゆる盲人開眼『壺坂霊験記』の原型になったものであると言われています」(広報担当者)