両津勘吉も訪れた「船橋ヘルスセンター」跡地に残る「昭和の痕跡」 撤去の危機を2度乗り越えた「一本松」が伝える思い出【昭和の日特集】
「シンボルは一本松」だった
4月16日、丸山さんから話を聞くべく「あんこう」を訪れた筆者。そこで、記念碑が今も残っている理由を聞くと、丸山さんから意外な答えが返ってきた。
「記念碑の方はあんまり気にしたことなかったですね。記念碑の隣にある一本松が当時はシンボルでしたから」

筆者は大きな勘違いをしていたようだ。船橋ヘルスセンターの賑わいを今に伝えるものは、記念碑しかないと思い込んでいた。
しかし、丸山さんによると、船橋ヘルスセンターの名残のメインはその隣にある一本松だというのだ。
「あの松は船橋ヘルスセンターが開園した当時からずっとあるもので、施設のシンボルでした。松は、船橋大神宮(意富比神社)の方向を向いていて、かつては松のあるところがヘルスセンターの入り口だったんです」(丸山さん)

シンボルとして存在している松。そのすぐ隣に記念碑が建った理由について、丸山さんはこんな推測を話した。
「松の隣は1番いいポジションです。そこに記念碑を建てたのは、自慢や自信の現れだったのかもしれません」(丸山さん)