ここはファンタジーの世界?いいえ、富山です 小矢部市に「お城みたいな建物」が多いワケ
北陸に、メルヘンな学校や公民館が建ち並ぶ市がある......ある日、そんなウワサがツイッターの海に流れてきた。
これは、ツイッターユーザーのyascoloさん(@yascolo_k)が2022年1月10日に投稿した写真。
一見、ドイツ文学にでも出てきそうな西洋の雰囲気があるが、これは富山県西部にある小矢部(おやべ)市で10年2月に撮影したものだという。
yascoloさんは他にも、同市でメルヘンチックな学校や公民館を次々に発見。
雪景色も相まって、なんだか異国情緒にあふれている。それにしても、なぜ小矢部市にメルヘンな建築物が集中しているのだろう。
Jタウンネット記者は13日、小矢部市観光協会を取材した。
建築士の元市長による功績
同協会の公式サイトを訪れると、
「見て来て体験 メルヘンおやべ」
というキャッチコピーが目に飛び込んでくる。取材に応じた広報担当者によると、
「メルヘンチックなかわいらしい町、ということを積極的に発信しています」
とのこと。やはりファンタジーな雰囲気の建物は市のアピールポイントなのだ。
なぜ小矢部市にこのような建物が多いのかというと、
「小矢部市の前々市長である松本正雄さん(故人)という方が建築士だったのですが、その方が子どもたちに夢や希望を持って学んでもらいたいという想いを込めて、主に小学校や公民館をメルヘン建築として建てられました」
と広報担当者。
現在、市内には「大谷中学校」「蟹谷(かんだ)小学校」を初め、計34のメルヘン建築がある。
たとえば、レンガ色の尖った屋根がモダンな大谷中学校は、協会の公式サイトによると本体の塔屋は東大安田講堂、正面は東大教養学部のキャンパスをモデルに作られている。
そして、高さ47メートルに及ぶ塔の先端はオックスフォード大学の学生寮、体育館は大阪・中之島にある中央公会堂がモチーフ。
校舎の内部は国立劇場、クラブハウスのドームはフィレンツェの大聖堂と、そうそうたる世界的な建築物を参考に建造された。
他にも、津沢小学校の体育館は早稲田大学の坪内演劇博物館、荒川公民館の本体はバッキンガム宮殿、林間休養施設(恵林館)はスイスのチロル風山小屋......などなど、有名な建物をモデルにしたものが多い。
小矢部市がメルヘンな町の魅力を発信し始めたのがおよそ1981年ごろとのことなので、少なく見積もっても40年以上、これらの建物は町のアイコンであり続けているわけだ。
では、実際にそこで幼少期を過ごした地元の人は、「メルヘン建築」に対してどのような思いがあるのだろうか。
メルヘン建築で育った小矢部市出身者は...
富山大学人文学部文化人類学研究室が出版した論文「創造と継承が交わる地平 : 人々が紡ぐ小矢部」(2020)の中で、筆者の吉田彩香さんは次のように述べている。
「私は小矢部市で生まれ育った。出身保育所と中学校は共にメルヘン建築である。特異な外観を持つこれらの建築物が小矢部市特有のものであると気が付いたのは、小学校の総合学習の時間だった。それ以降、母校が一風変わった建築物であることがどことなく嬉しかった」
「他の学生から『田園風景に合わない』『違和感がある』との声を聞いた。自分にとっては幼い頃から親しんできたなじみ深いものでも、他所の出身の人からすれば異質なものであることを知った」
(藤本武・野澤豊一, 創造と継承が交わる地平 : 人々が紡ぐ小矢部, 地域社会の文化人類学的調査, 2020.)
彼女の場合は、自身の出身校がメルヘン建築であることを嬉しく思っていたため、大学で出身が異なる学生の意見に触れたのは非常に新鮮だったようだ。それほどメルヘン建築は彼女の日常に馴染み、当たり前の光景だったのだろう。
松本前々市長の、「子どもたちに夢や希望をもって学んでほしい」という想いは成就したと言えるのではないだろうか。
実際に町の雰囲気を感じながら、本物の建築物を前にしたらどのような印象を受けるのか。ぜひこの目で確かめてみたいと強く思った。
(17日14時20分追記)記事初出時、「大谷中学校」の写真を誤って「蟹谷中学校」として紹介していたため、キャプションと本文の一部を訂正しました。