広島の商店街に活気を取り戻せ! スマホゲーム活用の「街歩きイベント」で生み出した「人とのつながり」
広島中心エリアの商店街をもっともっと魅力的な場所にするには、どうしたらいいだろう? そして、新型コロナウイルスの影響下でも、いまできることをして、まちを元気にしたい――。
そんな思いを胸に、広島中心エリアの商店街関係者が立ち上がった!
広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」が企画した、地域における課題解決を図るプログラム「フィールドチャレンジ」に挑戦したのだ。
成果としては、例年5月に開催される広島で最大級のイベント「ひろしまフラワーフェスティバル」(20年は新型コロナウイルスの影響で中止)、Jリーグ・サンフレッチェ広島を巻き込んだ街歩きイベント「IN TOWN WALK(インタウンウォーク)」として実を結んだ。
イベントに欠かせなかったのが、スマートフォンアプリの存在だ。
参加者はアプリを通じた街歩きを楽しみ、プロジェクトではその歩行データなどを取得した。こうしたデータは、今後のまちづくりに活用していく予定でもある。
今回の挑戦は、商店街の抱えていた問題点の解決策として「まちのにぎわい創出」というキーワードで出発したが、話し合いを重ね、より具体化した課題である「人とのつながり」というテーマを見いだしたことから、ダイナミックにプロジェクトが進展していった。
関係者のみなさんの熱い胸の内とは――。
「人とのつながり」をどうつくるか?
プロジェクトの主体は、NPO法人「セトラひろしま」。広島中心エリアのまちづくり活動(各種イベントなど)をおこなっている。
プロジェクトをリードしたのが、理事の松川友和さんだ。
松川さんは、広島市内で経営するプロダクション代表をつとめ、日頃はイベントプロデューサーとしても手腕を発揮する。
「フィールドチャレンジの参加に向けて2020年春から、商店街関係者を中心とする有志数人と話し合いを始めました。
このころは新型コロナの影響から、商店街でも店をたたむケースも出始めるなど、苦しい状況でした。
僕らがまちづくりの一環でおこなっていた人を集めるイベントも、今後はできなくなりそうだとも感じていて。まちも元気を失ってしまう......。
それだけに、新しいにぎわいを生み出していかないと。その突破口として、デジタル技術を活用できないだろうか。こう考えていたのです」(セトラ・松川さん)
フィールドチャレンジ(※)の主だったメンバーとして、調整や事務役を担った広島県中小企業団体中央会の畠山朋之さん、広島中心エリアにある本通商店街から、名産品店「長崎屋」の長崎清一さん、セレクトショップ「BEPPIN-TEN(べっぴん店)」の渡部大輔さん、そのほか周辺商店街の店主たちが参加した。
(※)フィールドチャレンジでは、地域の抱える課題に対して、そのソリューション(解決策)を持つスタートアップ/ベンチャー企業と協働して、解決にあたる。両者は、デロイト トーマツ ベンチャーサポートが開発したビジネスマッチングシステム「six brain(シックスブレイン)」を通じ、マッチングが実現する。
そして、フィールドチャレンジをサポートした一人が、有限責任監査法人トーマツ広島事務所・シニアマネジャーの清老伸一郎さん。
プレゼンテーションやその審査を経て20年7月、プロジェクトが本格的にスタートすると、清老さんが指揮を執り、適切な課題を設定するプロセスを支えた。
一般的に、適切な課題設定がなければ、成果を期待できる、効果的な解決策を見いだしにくいものだ。そこで、まずはスタート地点を確認しよう、という試みだった。
「当初、みなさんの掲げていたキーワードの『にぎわい創出』とは、どういう状態になることなのか。これを、話し合いながら掘り下げていきました。
というのも、人(商店街・店主)によっても、『にぎわい』のとらえた方やイメージする印象が違っていたからです。
そのあたりの目線を合わせるというか、何をすべきかがわかりやすい課題として落とし込む必要がありました。
最終的に、松川さんたちが『人とのつながり』というテーマを見いだしたことで、プロジェクトが加速していきました」(トーマツ・清老さん)
この「人とのつながり」というテーマは、代々店を受け継ぎ、商店街で商いをする店主のみなさんの胸に、深くささるものがあった。長崎屋・長崎さんは、次のように回想する。
「もともと本通商店街をはじめとする中心エリアは、多くの人が集まる広島のシンボルのような場所です。県民や市民は、たんに『まち』と呼んで、親しんでいます。
ところが商店街では、直近の新型コロナの影響以外にも、かねてから郊外への大型店の進出、eコマースの台頭なども危機感としてありました。だから当初は、『にぎわいをどう取り戻すか』にこだわっていたのです。
でも、そのためには『みんなのつながりをつくることが大事だよね』というポイントに突き当たり、腑に落ちるものがあって。それから、デジタル技術を活用して、この課題をどう解決するか――人とつながりをつくるか、という具体的な話をするようになったのです」(長崎屋・長崎さん)
集客イベントは難しいが、何ができるか?
プロジェクトが次の段階に進んだのは、20年12月。
人とのつながりをつくる――この目的に合致するソリューションを持つ企業を、six brainを通じて探すことになった。このとき、手腕を発揮したのが、デロイト トーマツ ベンチャーサポート・シニアマネジャーの外山陽介さんだ。
「松川さん、清老さんたちからは『つながり』をつくることと関連して、デジタル技術を活用して、何かデータを取得できないか、というリクエストがありました。
たとえば、交通量調査でもデータがとれますけれど、その場合は性別や年齢層など限定的なものです。今回はそれ以上のデータを拾い上げ、実証実験終了後も活用したい。データをもとに、商店街をひとつにまとめ上げたい――そんなねらいがあったようです」(デロイト トーマツ・外山さん)
いくつか候補となる企業があったなかで、協働先として決まったのが、リアルワールドゲームス社だった。同社は、スマートフォン向け位置情報ゲーム「ビットにゃんたーず(ビトにゃん)」を運営している。
まちの再発見をコンセプトとする「ビトにゃん」は、マチナカの特徴的なスポット(ネコスポット)に行くと、地図と連動したアプリ上で、キャラクターやアイテムが出現。実際に歩いて、それらを集めて回るゲームである。なお、「ビトにゃん」は、他の自治体とのコラボイベントの実績も持っていた。
「データ収集の面で『ビトにゃん』は、誰がどれくらいの時間プレイしたか、どこに行ったかといった情報が得られるところが魅力でした。
幸いにも本通商店街をはじめ中心エリアへの人通りはそれなりにあるのですが、各店舗への客足につながっていませんでした。 こうした実情を数値として把握できるデータがあるなら、活用したかったのです」(セトラ・松川さん)
さらに、べっぴん店・渡部さんによると、参加者数とプレイ時間をかけて算出した数値は、「にぎわい」の指標として利用できるのではないか、という点でも注目したという。
なによりも、アプリの使い方次第では、新型コロナの影響下でも、実現可能なイベントとして発展しそうなワクワク感があった。
「新型コロナの影響で集客型イベントが難しいなか、これまでとは違う発想から、『にぎわい』『つながり』を生み出すにはどうしたらいいか――みんなで前向きに考えて、知恵や工夫を出し合いました」(べっぴん店・渡部さん)
こうして、松川さんや商店街メンバーによって、手作りで実現にこぎつけたのが、「ビトにゃん」を活用した街歩きイベント「IN TOWN WALK(インタウンウォーク)」(21年4月24日~5月5日/フォトコンテストも実施)だった。
しかも、ひろしまフラワーフェスティバル、Jリーグ・サンフレッチェ広島を巻き込んだ一大イベントにまで発展していったのだ。
サッカー選手のデジタルカード、割引券が出現!
今回、「ビトにゃん」のアプリ上では、イベント期間中および実施場所限定で、マチナカの各スポットにサンフレッチェ広島の選手たちのデジタルカードや、協力店舗の割引券などが出現する特別仕様となっていた。
また、集めたデジタルカードの枚数に応じた景品を用意するなど、デジタル(アプリ)とリアル(現実世界)を連動させる工夫も光った。
デロイト トーマツ・外山さんは「ユーザーを飽きさせないアイデアが盛り込まれた点がユニーク」と評する。
「来街者の視点では、彼らにとっても何らかのメリットがなくてはなりません。
しかも、より確度の高いデータを取得するためには、ユーザーには繰り返し利用してほしい。サンフレッチェ広島とのコラボは、こういった問題をクリアしたと思います。
リアルワールドゲームス社のエンジニアのみなさんも、商店街の要望を的確におさえたカスタマイズで、見事に応えていました」(デロイト トーマツ・外山さん)
サンフレッチェ広島にとっても、大きなメリットがあった。
チームは3年後に広島中心エリアへのホームスタジアム移転(中央公園自由・芝生広場)を控えている。そのため、この地域でアピールする絶好の機会が得られたのだ。
「サンフレッチェ広島は、思っていた以上に、前のめりで関わってくれました。イベント期間中のホームゲームでは、来場者への配布物やスタジアムのスクリーンで告知してくれましたし、僕もスタジアムにしゃべりに行きました(笑)。
また、マチナカに掲示するインタウンウォークのポスターにも、選手たちの直筆サインを入れてくれて。参加者にとっても、選手のサインを撮影しに行くという別の目的もできて、より楽しめたのでは」(セトラ・松川さん)
実証実験は成功したが、まだまだ通過点
21年5月3日~5日は、イベント広場・アリスガーデンなどで、最小限のブースを設け、参加者への景品交換もかねたイベントを行うこともできた。
当日の様子について、長崎さんと渡部さんは、「こういう時期だけど楽しかった」、「(長崎屋に)初めて来て、買い物しました」といった声を聞くことができ、うれしかったという。
「イベントのリーダー店舗をつとめたのが長崎屋でした。
僕自身は、店舗が積極的に取り組み、そして成果を出すことが、未来につながるはずだ、という信念でいました。
実証実験が成功して、それがきっかけになって、今後多くの賛同者を得られたらいいな、と。協力者や仲間が増えて、みんなでまちづくりに参加すれば、さらなるまちの魅力発信につながると思うからです」(長崎屋・長崎さん)
「楽しみにしていたイベントが中止になると、県民や市民のショックは大きいものです。今年のフラワーフェスティバルも、直前になってオンライン配信で代替した企画があったなかで、三密を回避できるインタウンウォークは実施がかないました。
僕にとっては、やっぱり子どものころのまちの活気は印象的です。でも、それはきっと、当時のメンバーの手で活気あるまちづくりをしてくれていたからでしょうね。
そのバトンを受けて僕らも、いつ来ても楽しいところ、つながりのある商店街を維持し続けたいです」(べっぴん店・渡部さん)
こんなふうに、さまざまな思いが詰まったインタウンウォーク。「ビトにゃん」を通じて収集した協力店舗へのアクセスデータを見ると、延べ参加者数は約3000人にのぼるという。
「インタウンウォークの成果はいま、県内で注目を集めています。関係団体から問い合わせが届くなど、イベントを終えても関心が寄せられていて、広がりが出ているなと感じます。プロジェクト成功の要因は、みなさんから感じた自分たちの住むまちが好き、という熱意だったと思います」(中央会・畠山さん)
多くの人を巻き込んで進んだプロジェクトを振り返り、トーマツ・清老さんは「実証実験はうまくいきましたが、まだまだ課題の通過点でしょう」とさらなる飛躍と期待感も込めて、こう総括する。
「思えば今回は、人とのつながりに関して、デジタル技術を活用して『見える化』する実証実験だったのではないでしょうか。
人とのつながりを増やしたいという思いを原動力に、工夫を凝らした回遊型のイベントとして成功したと思います。
今回取得できたデータはもちろん、やってみたことでわかった課題、強固になった横のつながり、達成感や自信など、いろんな成果を得たのでは。ぜひ今後に生かして、人とのつながりを大切にする、よりよいまちを築いてほしい」(トーマツ・清老さん)
人とのつながりから、心の豊かさを実感できる、より魅力的な「まち」へ――。
松川さんと商店街メンバーは今日も、次はどんな仕掛けでいこうか、アイデアをあたためているにちがいない。
<企画編集・Jタウンネット>