戦車や飛行機、軍旗まで...! 老舗が守り継ぐ「戦時焼き」、味も形も戦前のまま
日露戦争の戦勝ブームにのって
板倉屋の現在の店主は藤井義已さん。初代から数えて3代目で、もとは乾物屋でもあった。人形町駅近くの現在の場所に人形焼き専門の店舗を1965年に構えてからも、はや50年が経つ。 板倉屋創業の1907年といえば、1905年に終結した日露戦争の戦勝ムードが残っていた時代。しかし、当時はあんこがまだ貴重で入手しづらい時代。小麦粉・卵・はちみつなどで甘味を強くしたカステラ風の生地のみで焼き上げる方式で販売を始め、今に至る。15個入りが600円、10個入りが400円と価格もお手頃で、おやつ感覚で味わえる。
こちらが実際に購入してみた戦時焼きだ。さて、それぞれ何をかたどったものかおわかりだろうか。
戦時焼きでかたどられているのは大砲・戦車・装甲車・飛行機・鉄兜・ラッパ・銃・軍旗・背嚢(はいのう)の9種類。軍旗は日本陸軍で使われていたいわゆる旭日旗、背嚢は兵士が背中に背負った、小学生のランドセルの原型である。かつての軍国少年が憧れたであろう物ばかりだ。
かなりデフォルメされているものもあり、Jタウンネット編集部員にも聞いてみたが、背嚢や鉄兜まで言い当てた人は少なかった。ちゃんと裏表があって、背嚢の裏側には背負い紐が描かれているし、ラッパは上下がわかるようになっている。鉄兜も日本陸軍の星が描かれていて芸が細かい。
面白いのは戦車・装甲車・飛行機といった創業当時(1907年)に無かった兵器も登場していること。これら第一次世界大戦頃から実用化された兵器も、藤井さん曰く焼き型を追加して焼き始めたというわけだ。
戦車が一般的なイメージではなく、第一次大戦当時の菱形戦車スタイルなのには舌を巻いた。最近「ガールズ&パンツァー」劇場版にも登場して若いミリタリーファンにもその重厚な姿を焼き付けたが、戦前の子どもたちにとってはこのスタイルの方がなじみがあったのだろうか。
味の方は、焼いた表面の濃い味わいと中の生地の甘味が口内で合わさって素朴でマイルドな甘さに仕上がっている。100年以上親しまれてきた素朴な風味であることを実感した。注意しないといけないのは販売日で、火・木・金曜のみしか焼いていないそうだ。
もう一つの名物はやはり創業当初から発売されている七福神の人形焼き。人形町周辺には七福神を祀った社が点在していることから、初代が創業時に大阪の職人から技術を教わって始めたという。はじめは「まんじゅう焼き」という名前だったそうだが、地名にあやかって人形焼きという名前にして現在に至る。
こちらも編集部で味わってみると、ボリュームあるあんこの甘味が強く口の中に広がる。10個入り(1000円)の方は1箱でお腹いっぱいになってしまいそうだ。
他にもアユの金型を使った「アユ焼き」も販売しているが、こちらは注文に応じての販売とのこと。どの菓子も朝から店内で焼き上げており、記者が訪れた際には義已さんの息子さんで4代目にあたる方が黙々と焼き上げておられた。
記者が話を聞いている間も頻繁にお客さんが人形焼きを買い求めていく。人形焼き・戦時焼きはその日に焼き上げた分が売り切れ次第終了とのことで、早い時間から売れていく様子に、この店が根強く愛されていることうかがわせた。
レトロな戦時焼きに興味を抱いて訪ねてみたら、112年の歴史が詰まった老舗の濃密な空気も味わうことができた。昭和・和菓子・駄菓子・レトロ...そんなワードが好きな皆さんはぜひこの店の暖簾をくぐってみてほしい。