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<東京暮らし(1)>さようなら築地市場

中島 早苗

中島 早苗

2018.06.30 11:00
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<文 中島早苗(東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長)>

   今月から始めるこの連載。東京の名所、名物、グルメ、新しい動き、歴史を感じる古いもの、手軽に行ける近郊のおすすめスポットなど、東京暮らしをより楽しみ、魅力を再発見できるような情報を発信しますので、よろしくお願いします!

   初回は、いよいよこの秋に豊洲に移転してしまう築地市場について。市場の成り立ちや、なぜ建物が扇形をしているのか(1984年までの鉄道輸送に合わせ、カーブを描く線路に沿った形だった)などの歴史的背景や、移転の理由は多くの文献、メディア、ネットでも情報が見られるので、ここでは割愛したい。

   私が編集している情報紙「暮らすめいと」の発行元「東京新聞」本紙でも、「TOKYO発 築地を刻む 移転まで」という不定期連載を掲載しているので、興味がある方はそちらもどうぞ。

   ここでは、間もなく失われる築地市場の楽しみ方や、個人的な思い出話など、もう少し気楽に(恐らく毎回そうなりそうだが)、「私見」を書かせてもらおうと思う。

混沌、ディープな「プロの仕事場」

移転が近づく築地市場(2018年6月、Jタウンネット撮影)
移転が近づく築地市場(2018年6月、Jタウンネット撮影)

   築地市場(以下、築地)には「場内」と「場外」があり、一般の人も自由に買い物や食事ができるのは、場外の方。場内は本当の市場なので、早朝からセリが行われ、仲卸売り場では、プロの料理人や飲食店の仕入れ担当者が魚介類を買い求める光景が、毎朝繰り広げられる。

   気軽に立ち入れるのは場外だが、こちらは豊洲移転後も残るし、いわゆる「築地市場」の姿を見られるのは場内の方だ。ただし、場内は基本的にはプロの仕事場。見学者用の通路などはなく、大した道案内もないので、初めて訪れた人は、戸惑ってしまうだろう。だいたい、どこまでが入ってよいエリアなのか、仲卸売り場はどこなのかも、素人にはよくわからない。加えて、鉄道輸送から今やトラック輸送に取って代わられた場内はカオスのようで、トラックやターレと呼ばれる電動運搬車が所狭しと行き交い、ぼんやり歩いていると危険だし、市場人のじゃまになる。

   でも、本来観光のためではないプロ空間の混沌と、年季の入った施設の中で毎朝暗いうちから働く市場人、扱われるおびただしい量の鮮魚を間近で見られるディープさこそが、築地の魅力なのではないか。特に外国人観光客に人気が高いため、場内には、どこから集まったのかと驚く程の数の外国人が見学と、Sushiを目当てに訪れている。世界に類を見ない巨大な鮮魚市場を体感でき、巨大なマグロのセリを見物し、とびきり新鮮なネタで握られるSushiをいっぺんに堪能できるのはここ築地しかないからかもしれない。

よけいな加工なき「海鮮丼」

   確かに間違いなく新鮮で、特上クラスのネタが入っているとはいえ、ランチでいただくことを思うと、ここで人気の寿司店は少し値が張る。おまかせ握り一人前で、4,000円ぐらい。そして何より、人気店ほど半端ない行列で、長い店は早朝に訪れても5時間待ちというから、今回私ははなから寿司は諦めた。

   場内の飲食店の営業は朝から14時頃まで。寿司店以外は時間帯を選べば、それほど並ばずに入ることができる。今回私は海鮮丼と、天丼をいただくことにした(もちろん別々の日に。同じ日にハシゴをする人もいるようだが)。

   海鮮丼(2,300円)もネタはピカピカ光り、肉厚でフレッシュ。まさにさっき仕入れてすぐさばきました、というのがわかる鮮度だ。サヨリ、中トロ、アジ、ハマチ、ウニ、イクラのネタはどれもジューシーだが、特に中トロは甘くて絶品。いただきながら、よけいな加工がされていない新鮮な食べ物は、脳が喜ぶのだと実感。頭が冴えるおいしさだ。

   しかし築地の実力は生魚だけではなかった。別の日にいただいた天丼の衝撃的なおいしさ。あんなにフワッとサクサクのキスの天ぷらを食べたことがあっただろうか。そして3尾の芝エビの劇的な香ばしさ。加えて稚鮎、赤イカ、エビにナス、シシトウというフレッシュなネタを、丁寧に時間をかけて揚げた「本日の天丼」は、こんなに沢山の種類が入って1,200円也。築地の心意気と良心を感じる素晴らしい天丼で、必ずまたいただきに来ようと誓った。

   海鮮丼の「丼匠」さん、天丼の「天房」さんとも、10月に豊洲に移転すると言う。移転で雰囲気は失われても、ご主人や料理人さんが同じなら、味は変わらないはずだ。そもそも築地だって、開設されたその昔は埋め立て地。時間をかけて豊洲も、市場らしくなっていくに違いない。

残業明けに歩いた思い出

豊洲に移る店、築地に残る店...(2018年6月、Jタウンネット撮影)
豊洲に移る店、築地に残る店...(2018年6月、Jタウンネット撮影)

   最後に少し思い出話を。私が初めて場内を訪れたのは、約30年前だった。当時勤めていた出版社が新橋にあり、深夜残業を終えた、確か土曜の明け方。同僚と「築地で寿司だー!」と繰り出した。

   当時も場内はどう歩いたらよいかよくわからず、今と違ってネットのグルメランキングなどもないから、外から店内を覗いて適当にお店を選んで入った。

   今と変わらなかったのは、ネタの新鮮さ、寿司を握る職人さんの素っ気なさ、そしてあまり安くはないお値段。20代だった私は、「築地は安くて美味いんじゃなくて、高くて美味いんだ」と思い知った。

   施設は古び、鉄道輸送を前提に造られたために使い勝手が悪くなった築地。いよいよ移転し、消えてしまうと思うと、やはり感傷を禁じ得ない。東京人にはきっと、人それぞれの築地があるんだろう。

   さようなら、そしてありがとう、築地市場。

中島早苗

今回の筆者:中島早苗(なかじま・さなえ)

1963年東京墨田区生まれ。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)「モダンリビング」副編集長等を経て、現在、東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長。暮らしやインテリアなどをテーマに著述活動も行う。著書に『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)、『建築家と造る 家族がもっと元気になれる家』(講談社+α新書)、『ひとりを楽しむ いい部屋づくりのヒント』(中経の文庫)ほか。
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