虐待から逃れ、夜の街を彷徨う中学生 声をかけてくるのはブルセラ目的のオジサン...行き場のない彼女に1人のホームレスが与えたもの
おじさんが私にしなかったこと
おじさんはロータリーを離れることなく、近くにあった自販機の前で立ち止まるとポケットをひっくり返し、出てきた小銭で缶コーヒーを2本買いました。そして
「甘いのがいいよな」
と片方を私に差し出してくれました。
おじさんの仕草は、とても見覚えのあるものでした。ポケットや鞄を漁ってなけなしの小銭を探すのは、私もしばしばやることだったからです。
だから、もらったコーヒーがどれだけのご馳走か、私には分かりました。私の口からは自然と「ありがとうございます」という言葉が漏れました。
おじさんと私はそのままガードレールに腰かけ、一緒にコーヒーのプルタブを開けました。
始発まで、他愛もないことを話した気がします。
残念ながら30年も前の会話なので子細はもう記憶に残っていません。ただ確かなのは、おじさんが私に対して説教も、私の親を擁護することも、一切しなかったことです。
「昔はおじさんも羽振りが良かったんだ」と、そんなことを楽しげに話してくれたのをおぼろげに覚えています。
だんだんと空が白みはじめ始発が出る時間になり、ぽつぽつと人の姿が見え始めた頃、私たちは別れの挨拶を交わしました。
私は学校へ。おじさんは、何処へ行ったのでしょうか。
新宿駅西口の地下広場はホームレスのコロニー化していると、社会問題になっていた時代。当時の都知事がホームレスを強制的に駅地下から追い出し、戻ってこられないよう座れないタイプのオブジェを大量に設置したのはそれから間もなくのことです。
おじさんにまた会えないかと駅周辺を歩き回り、その光景を目の当たりにしたとき、私は言葉を失くしました。
私の言葉がおじさんに伝わることは、きっとないような気がします。
それでも、もう一度おじさんに言いたかったお礼をここで書き記します。
ありがとう。あなたは私を助けてくれた、本当に数少ない、立派な大人でした。
誰かに伝えたい「あの時はありがとう」、聞かせて!
名前も知らない、どこにいるかもわからない......。そんな、あの時自分を助けてくれた・親切にしてくれた人に伝えたい「ありがとう」を心の中に秘めている、という人もいるだろう。
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