「怖い体験」を100円で買い取ってくれるお店があった 尼崎の怪談作家が営む「売買所」に注目集まる
「怖い体験」を100円で買ったり売ったりできる──。
そんな不思議なお店がツイッターで話題になっている。その名も「怪談売買所」。
100円で怪談を売買できる......その話自体がすでに怪談チックだが、一体どんな店なのだろうか。
実際のお店の写真が、こちらだ。
一軒のお店の前に設けられたカウンターのようなスペースに、「怪談売買所」と書かれた看板がかかっている。
カウンターの手前にかけられた紙には、
「あなたの怖い体験、不思議な体験を百円で買います」
の文字が。本当に、怪談を売買できるお店のようだ。
こちらの写真に対し、ツイッター上では、
「売買、だから売れるのも面白そうですね」
「私の怖い体験も買ってくれないかしら?」
「怪談は人に言い伝えられなくなると消滅するから、それを防ぐためにとった怪談側の秘策感ある」
と言った声が寄せられている。
話題になっているのは、ツイッターユーザーの若狭健作(@wakasakensaku)さんが2021年6月19日に投稿した写真。Jタウンネット記者は、投稿主本人とNPO法人宇津呂怪談事務所に話を聞いた。
店主と来店者が対面で怪談を語り合う場
Jタウンネット記者は21日、まず投稿者の若狭さんを取材した。
若狭さんは兵庫県尼崎市のローカルマガジン「南部再生」の編集者だ。
「怪談売買所」の写真は2021年6月19日の午前11時ごろ、尼崎市の杭瀬中市場で自身が運営する古本屋「二号店」で撮影したものだという。
「『二号店』運営者として、(怪談売買所を運営する)宇津呂鹿太郎さんからオファーを受けて出店していただき、当日体験しました。
売買所の体験ははじめてで、不思議な話を1話買いました。売る話はとっさに思い浮かばなかったけれど、そういう不思議な体験は思い出せそうなので、今度は売ってみたいと思いました。
宇津呂さんの語り口に思わず引き込まれました。聞いた話を帰って妻に聞かせたり、近所の人たちが話を売りに来ている様子がとても面白かったので、来月も来てくださるのが楽しみです」(若狭さん)
23日、「怪談売買所」を運営しているNPO 法人宇津呂怪談事務所にも取材した。
答えてくれたのは、同事務所の代表、尼崎出身の怪談作家・宇津呂鹿太郎さんだ。
改めて、「怪談売買所」の概要を聞くと、
「『怪談売買所』は、店主と来店者が対面で怪談を語り合う場です。
ここでいう怪談とは、実際にあった怖い体験や不思議な体験(怪異な体験)のことで、幽霊を見た・金縛りにあった・狐狸の類に化かされた・その他意味不明の出来事があった、など常識では考えられない体験のことを指します」
と説明。体験談を来店者が店主に語れば、店主から1話につき100円が支払われる。逆に来店者が100円を渡せば、店主が集めた怪談を1話聞くことができるのだ。
宇津呂さんは、どうしてこのような店を開こうと思ったのだろうか。出店までの経緯を聞いた。
「怪談を百円で買い取る男」
「私はもともと怪談作家をやっており、実際にあった怪異な体験を集めて、それを本にまとめたり、怪談ライブで語ったりしています。そのようにして発表された怪異な体験は『怪談実話』、あるいは『実話怪談』と呼ばれます。怪談実話は自分で考えたり作ったりすることが出来ないため、取材が不可欠となります。
ところが、誰もがそのような体験をしている訳ではなく、またそのような体験があったとしても、本に収録したり、ライブで語るほどの希少性やインパクトを持ち合わせているとは限りません」
以前は周囲の人に聞いたり、さらにその人の友達や家族を紹介して貰ったりして、何とか怪談実話を集めていたのだが、それにも限界があった。
そこで、効率良くそのような体験談を集める方策として、何となく夢想していたのが「怪談売買所」だったという。
「自分から探しに行くのではなく、自分は一つ処にじっと座って待っていると、向こうから体験談を持ってやって来てくれる。そんな状況があれば、どれほど楽かと。
しかし、当初それはあくまで夢想していただけで、そんな企画をやっても誰にも相手にされることはないだろうと思っていました」(宇津呂さん)
転機が訪れたのは、2013年。以前から懇意にしていた尼崎市の三和市場にあるイベントスペース「とらのあな」店長から、「今度、市場で屋台村イベントがあり、畳二畳ほどの場所を提供できる。何かやりませんか?」という話を持ち掛けられた。
「そこで冗談半分に怪談売買所の企画を話したところ、店長は面白がってくれて、やってみることになりました。
結果としては、お客さんも市場の関係者も皆さん面白がってくださり、私の予想に反して興味深いお話がたくさん集まりました。
店長からもまたやって欲しいと言われ、そこからたびたび出店するようになったのです」(宇津呂さん)
最初は三和市場で年に数回出店する程度だったが、続けていくうちに新聞やテレビなどでも取り上げられるように。
地元での知名度も少しずつ上がってきたことにより、次はいつやるのかと聞かれたり、三和市場以外からも出店依頼が来たりと、徐々に「怪談売買所」は周囲に浸透していったという。
「最初の出店は2013年6月のこと。その際は確か8組ほどの方々が来られました。それ以降、三話市場以外の場所も合わせて年に8回から10回出店しています。
毎月出店するようになったのは、2019年3月から。出店するたびに、3組から多い時で20組以上の方が来られます。誰も来られなかったことはほとんどありません。
来られた方の正確な人数は分かりませんが、ざっと数えてみて延べ600組ほどの方々が来られたかと思います」(宇津呂さん)
冗談半分で始めた企画だったとのことだが、なかなか繁盛しているもよう。
ついには怪談売買所で集められた怪談ばかりを、取材の模様とともに収めた書籍も刊行され、宇津呂さん自身も「怪談を百円で買い取る男」なる二つ名で呼ばれるようにもなったという。
「怪談」で誰かの役に立つことが出来る
「怪談売買所」への反響について、宇津呂さんは、
「実際に来られた方からは『面白かった』『これは発明ですね』などと好意的な感想を言っていただくことも多くあります。怪談が好きだという方だけでなく、意識して怪談を聴いたことがないといった方にも楽しんでいただくことが出来ているようです。
そういった様を見るにつけ、怪談は老若男女問わず、誰もが楽しめる日本の文化であるということを実感します」
と述べた。
中には宇津呂さんに体験を語った後、「すっきりしました」と言って嬉しそうに帰る人もいるという。
「怪異な体験というのは、それ自体、自身の中で理解することが難しいものです。
どう理解すればいいのか、どう処理すれば良いのかが解らず、いつまでも頭のどこかで燻り続けていることがあるのです。かといって、それは誰にでも話せるものではありません。
まともに取り合って貰えなかったり、一笑に付されたり、酷い時には頭がおかしいんじゃないかなどと思われたりすることもあります。どこにも持っていくことが出来ないその体験、それを誰かに真剣に聞いてもらうことにより、解決はしないものの少しすっきりすることが出来る、そんな効果もあるようです」(宇津呂さん)
「どちらかといえば一般的に忌み嫌われている怪談で誰かの役に立つことが出来る」というのは、宇津呂さんにとっては「痛快であり、とても嬉しいこと」なのだそうだ。
「怪談は日本という土壌が育んだ文化です。文化は、人や社会が必要としているからこそ生まれるもの。そして現在でも怪談が夏の風物詩として社会的に認知されているということは、まだまだ怪談文化が日本人から必要とされているからだと考えられます。
怪談売買所はそんな怪談文化に誰もが気軽に、簡単に触れられる場として機能しているのかもしれません」(宇津呂さん)
読者の皆さんの中で、「これは」という体験談を持っている人は、宇津呂さんの「怪談売買所」に足を運んでみてはいかがだろうか。