「白身魚の王様」を大満喫! 座布団級の「巨大ヒラメ」を味わいに、冬の平戸に行ってきた
長崎県北西部にある平戸市では、毎年冬に「ひらめまつり」が開催されている――
食べることが大好きな筆者の元に、そんな素晴らしい情報が飛び込んできた。
ヒラメといえば白身魚の王様、庶民の筆者にとってはなかなかお目にかかることができない高級魚だ。
ヒラメのお祭りとは、いったいどんなものなのだろうか。
ふと、ヒラメやタイが舞い踊る竜宮城のイメージが頭をよぎったが、調べてみたところそうではない。どうやら、平戸市内の飲食店や宿泊施設で、天然ヒラメ料理が思う存分楽しめる、という催しのようだ。
しかも、平戸では今がヒラメの旬真っ盛り。その上、重さ5キロを超える大きな「座布団ヒラメ」なるヒラメもいるらしい。
大きくて食べごろのヒラメ......。考えるだけでときめきがとまらない。
ぜひ見てみたい、そして食べてみたい!
衝動に突き動かされた筆者はひらめまつりに参加すべく、平戸市へと向かった。
座布団ヒラメとご対面
平戸市内に入ると、あちらこちらに「ひらめまつり」と書かれたのぼりが立っている。
今年まつりに参加しているのは、市内飲食店が14店舗、宿泊施設が6施設。それに加え、期間中は町全体がこのイベントで盛り上がっているようだ。
早速ヒラメ料理をいただきたいところだが、やはりその前に平戸名物の「座布団ヒラメ」の姿を拝んでおきたい。
ということで、全国でも有数の水揚げ量を誇り、ひらめまつり参加店に多くのヒラメを出荷しているという志々伎(しじき)漁港へと向かった。
志々伎港は、平戸島の南部にある。
江戸時代に平戸藩を治めた松浦家の資料を収蔵する「松浦史料博物館」や西洋と東洋の雰囲気が融合した、異国情緒漂う「寺院と教会の見える風景」などがある、北部の市街地から車で40分ほどの距離だ。
いかにも漁港といった雰囲気にワクワクしていると、ちょうど船が、朝の漁から戻ってきた。
今の時期、志々伎港では1日平均で約2トンものヒラメが水揚げされるそう。
しかし、その中でも、5キログラムを超える「座布団ヒラメ」と呼ばれる巨大なものは数枚ほど。もちろん0枚の日もあり、1日に10枚いればいい方だという。
そんな貴重な座布団ヒラメだが、取材当日は無事に水揚げされていた。
これは大きい......!
人の顔の二倍ほどもあり、まさに「座布団」といった感じだ。このヒラメはだいたい7キロほどとのこと。
以前は10キロを超える巨大ヒラメも多く獲れたが、近年ではこのぐらいのサイズのものが多いそう。それでも今期も、2月に11キロのヒラメを見たという漁港の担当者は
「やっぱり10キロを超えてくると身も厚くて大きいので、獲れたときは、『おおっ』となりますね。暴れる力も強いので持つのも大変です」
と話す。いけすのヒラメからは想像もつかないが、実は動きも早く、イワシやイカを食べるという口はちょっと怖い。大人しそうに見えるが、そういうわけでもなさそうだ。
「産卵前の今がヒラメは一番美味しい」
本物の座布団ヒラメと対面できたところで、志々伎漁業協同組合の後藤正喜組合長(63)に平戸のヒラメについて教えてもらった。
水温が高く、餌が豊富だという平戸近海。
「(平戸近海は)ヒラメに適しているからたくさん獲れるんでしょうね。それから、餌が多いからここまで大きくなるんでしょう」
と後藤組合長。
ちなみに、平戸に数ある漁港の中でも、志々伎港で水揚げされたものは「平戸ひらめおがみ」というブランドヒラメになる。志々伎港の漁師たちは、平戸島の南にある尾上島の「尾上灯台」を目指して帰ってくることから、13年にこの名前がついたそうだ。
ついつい座布団ヒラメの巨大さに気を取られがちだが、平戸のヒラメはもちろん味も格別。
「今の時期、産卵前のヒラメはとにかく脂が乗っていて甘いですね。刺身にしても何にしても、甘くて美味しいです。4月になるとだんだん痩せてくるし、獲れなくもなります。
だから、ひらめまつりが開催されているこの1月から3月にかけてが平戸のヒラメは一番美味しいです」(後藤組合長)
いざ「ひらめまつり」へ
実際に大きなヒラメを見て、魅力を聞いたら、よりいっそう食べるのが楽しみになった筆者。
お世話になった志々伎漁港の皆さんに別れを告げ、再び平戸の市街地へと戻る。
向かったのは、ひらめまつり参加店の中で一番人気の「旬鮮館」だ。
平戸市漁業協同組合直営の飲食店であるこの店には、大きないけすがある。
その中にはやはり、大きな座布団ヒラメ。また、アオリイカやサザエといった平戸の海の幸の姿もあった。
市内各地で毎朝水揚げされる新鮮な海の幸を、リーズナブルな価格で楽しめる旬鮮館。
ひらめまつりの時期には「平日でもしばしば行列ができる」と話すのは、いけすから座布団ヒラメを取り出してくれた平戸市漁協の近藤靖さん(59)だ。
例年通り、1月中旬からスタートした今年のひらめまつりだが、旬鮮館は新型コロナウイルスの感染拡大を受けた非常事態宣言の影響で、2月8日まで休業していた。
しかし、宣言解除後は、県内からのお客さんが土日はもちろん、平日にも多く訪れているそうだ。
近藤さんによれば、提供されているヒラメは、毎朝獲ってからすぐにしめて、血抜きを行っている。それにより、一切臭みのない美味しいヒラメになるという。
そんな旬鮮館のヒラメ料理の中から人気の2品を出してもらった。
まずはこちら。
定番ともいえるヒラメの刺身にご飯、ヒラメのあら汁、漬物、小鉢がついた定食だ。
獲れたて、捌きたてのヒラメの身は真っ白で美しい。
まずは、刺身を一口。
口に入れた瞬間、ふわふわとした柔らかい食感に驚く。それでいて歯ごたえはある、なんとも不思議な感覚だ。
噛めば噛むほど九州の定番・甘口醤油に負けないヒラメの甘味が口に広がる。これが脂の乗った旬のヒラメか......!
次に、ヒラメのえんがわを食べてみた。
今度は、コリコリとした食感が楽しい。今まで食べてきたヒラメのえんがわの概念を覆されるような、ぎゅっと詰まった濃厚な味わいに感動する。
今度は、近藤さんの勧めで、刺身に醤油ではなくポン酢をつけて食べてみた。
すると、今度はうってかわって、爽やかな味に。脂の乗ったヒラメだからこその食べ方かもしれない。
食べ方によって食感が変わる...!
続いては、こちら。
刺身と漬け、二つの楽しみ方ができるという何とも欲張りな丼ぶりだ。見た目も華やかで心が躍る。
まずは漬けをそのまま食べる。弾力のある食感と、タレの風味が口いっぱいに広がって思わず笑顔になる。ゴマのきいたご飯が、漬けの甘い味付けとよく合ってよりいっそうの魅力を引き出していた。とまらなくなる......。
これだけでもすでに十分美味しいのだが、この丼ぶりにはもう一つ上のステージがある。
なんと、卵黄を乗せることができるのだ。
黄身を崩して漬けに絡めて、美味しくないわけがない。
一度にいろいろなヒラメの味と食感を楽しめる、なんともお得な丼ぶりだった。
定食と丼ぶりを平らげたところだが、筆者のひらめまつりはまだまだ終わらない。
続いて訪れたのは、「平戸西端 夢浪漫 田平店」。
漁師のご主人が毎朝自ら獲っている新鮮な海の幸が楽しめるこの店で注文したのは、ヒラメ寿司だ。
刺身のときとは違う、もっちりとした重みのある食感で、食べごたえがある。
酢飯との相性も抜群。これは間違いない味だ......。
2つの味が楽しめるヒラメピザ
刺身に丼ぶり、そして寿司とスタンダードなヒラメを堪能した筆者の元に、少々変わったヒラメ料理を出す店があるとの情報が飛び込んできた。
SNS映えして若者にも人気だという、ヒラメを使った「イタリアン」を求めてやってきたのが、「大渡長者」だ。
ひらめまつりに初期から参加しているという大渡長者のヒラメメニューがこちら。
なんと、志々伎港で獲れたヒラメを贅沢に使ったシーフードピザである。
直径20センチほどのピザの上にはバジル風味のカルパッチョと、バルサミコ酢のソテーが乗っており、2種類の異なる味が味わえる。
ピザを出してくれたオーナーの奥様の森純子さん(63)いわく、
「ピザの熱で火が入ってしまう」
とのことなので、先にカルパッチョの方から食べることにした。
カルパッチョとピザ、イメージがつかなかったがバジルの風味がきいてとても美味しい。
火が入りづらいように敷いてあるレタスもアクセントになっている。食べている途中にもだんだんヒラメに熱が加わっていって、生から半生のように食感が変わっていくのも、面白い。
「生が苦手なお客さんでも、これなら食べられると評判なんです」
と森さん。確かに、ピザになっていることもあって、生魚という感覚はあまりない。
ソテーの方も食べてみる。こちらは、バルサミコ酢とピンクペッパーが香る大人の味わいで、また違ったヒラメの魅力が引き出されていた。
このヒラメピザ、ひらめまつりのためにご主人が考案した商品だが、大変な人気で、現在では期間中以外も食べられる定番メニューとなっている。テイクアウトをすることも可能だが、カルパッチョに火が通ってしまうことから、やはり店内で食べる方がオススメだとか。
「ぜひ手作りのトマトソースと生地、そしてヒラメの食感や味の違いをそれぞれ楽しんでいただきたいです」(森さん)
「平戸を感じながらヒラメを味わって」
いろんな食べ方でヒラメを満喫したところで、改めて気になるのが「ひらめまつり」とは何なのか、ということだ。いったいどうして、この祭りが開催されるようになったのだろう。
その詳細を知るべく、筆者は平戸観光協会を訪れた。
「とある理事さんが発案されて、観光協会と漁協がタイアップする形で1996年からこの『ひらめまつり』がはじまりました。平戸はヒラメの漁獲量が多いので、それをうまく活用して地域おこしになれば、との思いでした」
「ひらめまつり」が始まった経緯について、こう説明するのは、25年前のひらめまつりスタート時から企画に携わっている墨谷道子さん(59)。
開始当初は、宿泊施設が対象だったが、2003年から飲食店にも拡大したという。
というのも、高級魚のヒラメは元々、県外に出荷されることが多く、平戸市内ではほとんど食べられていなかったからだ。
「ひらめまつりをやっているのに、市民が平戸のヒラメを知らないということではいけない、ということになりました。
そこで、地元の飲食店にオリジナルメニューを作ってもらい、市民も気軽に食べられるようにしたんです。
まずは地元民に知ってもらい、認知度を広めるというねらいがありました」(墨谷さん)
その結果、ひらめまつりの時期になると地元民もよく「平戸のヒラメ」を食べるようになったそう。
また、他県民でも「この時期になるとひらめまつりのことを思い出す」という人もいて、リピーターとして参加する場合もあるという。
今年は県内からの参加者が主で、団体ツアーなども企画されなかったが、例年であれば全国各地から宿泊もかねてひらめまつりを目当てにしたお客が訪れる。
参加店舗や施設は、毎年少しずつ入れ替わっているものの、それぞれお気に入りの店があるリピーターも多いそうだ。
現地以外でも平戸のヒラメを食べられる場所もあるが、
「ぜひ平戸のひらめまつりで食べてほしい」
と強調する墨谷さん。その理由として、
「まずはお手頃な価格で、刺身からしゃぶしゃぶ、ピザ、フライ、といった様々な楽しみ方ができることです。店舗によってはこの期間限定メニューだったり、期間外は値段が上がったりすることもありますから。 そしてもう一つ、やはりこの土地の雰囲気と合わせて食べていただきたい、という思いがあります。平戸の海や、異国情緒あふれる街並みや、風、そういったものを感じながらだと、ヒラメもよりおいしく感じていただけるのではないか、と考えております」
と話していた。
普段は遠い存在の高級魚・ヒラメを目いっぱい堪能できるこんな機会、他にはない。
「絶対にまた来よう」――。そう心に誓い、爽やかな風が吹く平戸を後にする筆者だった。
ところで、平戸は「ヒラメ天国」であるだけでなく、「お菓子の島」でもある。Jタウンネットでは平戸の菓子文化の歴史を追いつつ、江戸時代から伝わる伝統菓子の味わいもレポートしている。詳細は「『お菓子の島』が日本にあるって知ってる? 江戸時代から伝わる、平戸の伝統菓子を食べてみた」から。
<企画・編集 Jタウンネット>