観光も防災も、あなたの生活も変わるかも? ひろしまサンドボックスが「データ連携」プロジェクトで目指す未来
「はりきってサイクリングに来たけど、お土産がリュックに入らない(涙)」
そんな悲しい経験、あなたはないだろうか。流れゆく景色を楽しみながら自転車で颯爽と駆け抜ける...さぞ気持ちいいだろうが、当然ながら多くの荷物は持てない。欲しいお土産があっても、泣く泣く諦めざるを得ないこともあるだろう。
しかし近い将来、そんな思いをしなくていい日がやってくるかもしれない。
広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」では、農業、水産業、観光、交通、製造業といった各産業分野データの利用を促進する「データ連携基盤」プロジェクトを進めているからだ。
「データ連携基盤?」
「何のために??」
「そもそも、サイクリングやお土産と何の関係が???」
...読者の多くは疑問だらけだろう。
「データ連携基盤」はいわばデータのプラットフォーム。政府、地方自治体、各企業や研究機関などが、それぞれの持つデータを公開し共有する場だ。そこで共有されたデータを相互に活用することで、新たなビジネスやサービスが生まれるきっかけになる。
県が注力しているデータ連携基盤とは何なのか、それによってどんな未来が実現されるのか――さっそく見ていこう。
データ連携基盤ってなに?
「データ連携基盤が目指しているのは、様々な企業や自治体が出会い、協業して、新たな価値を生み出すことです。
ただ、企業同士のデータの共有は、そう簡単ではありません。ここからが、ひろしまサンドボックスでのチャレンジです。
将来的には官民のデータを掛け合わせることで、あらゆる分野間のデータ連携を促進したいと考えています。県内外のみなさまとともに、広島発の新たなサービス・ビジネスの創出が起こる環境を構築していきたいです」
データ連携基盤への期待を語るのは、本プロジェクトを担当する広島県商工労働局イノベーション推進チームの岩男淳一さんだ。
広島県では、地元企業がデータやフィールドを提供し、スタートアップ企業ともに課題解決を図るプロジェクト「ひろしまオープンアクセラレータ」を19年度に実施。地元企業 5社からの声掛けに対して、170を超えるスタートアップ企業から事業アイデアの提案があった。
その提案数の多さに「オープンイノベーション(異分野のデータやノウハウを組み合わせ、革新的なビジネスモデル等を創出すること)へのニーズと可能性を実感しました」と話す岩男さん。データカタログサイトや連携基盤は、このようなオープンイノベーションで発生する、データ連携へのニーズを仕組みとして具体化するものだという。
データ連携基盤は広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」内の取り組み。通信大手のソフトバンクを筆頭に、県内に本社を持つ広島銀行、中国電力、イズミ(小売り)の4社がコンソーシアムを組んで2018年より実証実験を開始した。
3年目を迎えた2020年度は、ひろしまサンドボックスで進んでいる他の実証実験のデータを連携し、それを目録のように確認ができる「データカタログサイト」を 10月12日に開設。もともと目標としていた実証実験のデータを連携した基盤であり、将来的に異分野間のデータ連携を可能にするための先駆けとなる。
データカタログサイトに掲載されたデータはどのように利用されるのか。岩男さんによれば、カタログサイトに登録されるデータは「オープンデータ」と「シェアードデータ」の2種類に分けられる。
「オープンは公開できる実証実験のデータ、シェアードは共有する相手を限定したいデータになります。
例えば、海に関するリアルタイムなデータ(プランクトンの濃度等)を公開すると、そこでいっぱい魚が取れそうだということになり多くの方が集まるかもしれません。その場合、データの提供をした漁業関係者や生態系にマイナスの影響を与えることもあります。
そのようなデータはシェアードデータとし、利用者と提供者が互いの目的や条件を確認し合った後に共有します」(岩男さん)
オープンデータはカタログサイトから直接ダウンロードが可能。対するシェアードデータは中身を見ることはできないが、どのようなデータがあるかを把握することができる。
気になるデータがあればカタログサイトを通して利用申請を出し、提供者との条件交渉などをした上で、データ取得に至るという。利用者はひろしまサンドボックス推進協議会に参加する必要があるが、法人・個人ともにデータの利用は可能だという。
データをリスト化し、提供できる状態にすること...それだけ聞くと地味な取り組みだが、これは簡単なことではない。岩男さんはその要因の一つとして「データ共有の場が限られていた」と指摘する。
今回のカタログサイトは共有の場の1つとなるわけだが、公開予定のデータは実証実験のものに限られており一般化されるのはまだ先の話。一般企業などがデータを共有できるようになるには、乗り越えるべき課題が残っている。
現在、データ連携基盤の抱える課題は何か。またそれを乗り越えた先に、どんな未来が見えるのか。Jタウンネットは9月8日、本プロジェクトを主導するソフトバンクの担当者に、詳しい話を聞いた。
テータ提供には「対価が必要」
取材はZOOM(ズーム)を通じて行った。同席したのはJタウンネットと広島県の担当者、そしてソフトバンクで本プロジェクトに携わる皆さん。プロジェクトマネージャーを務める5G&IoTソリューション本部技術企画戦略統括部シティソリューション部担当部長の東谷次郎さんを中心に話を聞いた。
プロジェクト開始初年度はデータ連携基盤の構築前に課題を抽出、2年目にシステムを作り各社のデータを入れてデータ連携基盤の有用性に関する仮説検証を行った。
3年目になる本年度は、ひろしまサンドボックスの実証実験で得られたデータを連携した、データカタログサイトを構築しようとしている。
5G&IoTソリューション本部技術企画戦略統括部シティソリューション部課長の板垣睦敏さんによれば、広島銀行、中国電力、イズミとコンソーシアムを組んだのは、それぞれが異なる業界かつ地元企業の視点から、データ基盤の運用上の課題などを提起し解決するため。
現在は、データ連携基盤を活用してどんなサービスが作れそうか、自分たちの持つデータをいかに活用できるかを、検討する段階に入っている。
将来的には、ひろしまサンドボックスの域を超えたデータ連携基盤の構築を目指しているわけだが、東谷さんは「課題はまだまだ残っています」と説明する。
「一番大きい課題は、自社の固有データを基盤の上に提供するということに対する対価、モチベーションです。データの提供に関しては、広く産業界に理解を得るための仕組みが整備されておらず、データ連携基盤が実装化される時には、データを流通させるための対価が必要になるかと思います」(ソフトバンク・東谷さん)
ここでいうデータ提供の対価とは、「データ利用料」や「他の連携基盤(データ)を活用する権利」を指している。
またデータ提供には技術・コスト面での負担も各企業にかかる。ソフトバンクはそれを少しでも減らすために、データの連携にはAPIシステムのほかCSV(Excelデータ)でのアップロードを活用可能にするなど、様々な工夫を行っている。
ただ、コスト面の負担は0にすることはできないため、それを凌駕するためのメリット、バリューを出すことが実装化のハードルの1つであると東谷さんは話している。
このような事情もあって、一般社会でのデータ連携基盤の実装化は決して簡単ではない。しかし、企業や研究機関がデータを共有する場を構築することによって、これまでにないサービスが生まれる可能性もある。
では、ひろしまサンドボックスの実証実験のデータからは、どのような活用法が期待できるのだろうか。
「ひろしまサンドボックスの実証実験では、他のコンソーシアムのみなさんが宮島の観光地の渋滞情報や、トイレの開閉の傾向値を取得しています。さらに、洋式トイレがどのくらい配備され、どのくらい混雑しているかが分かれば、和式トイレが使えない外国人観光客に対して誘導マップを作ることができます」(ソフトバンク・東谷さん)
トイレの混雑情報は、すでにLINE公式アカウント「宮島観光」で知ることが可能。そういった既存のデータに他のオープンデータ(今回でいうと、洋式トイレの数や位置情報)を掛け合わせることで、新しいサービスができるのではないかと東谷さんは考えている。
避難誘導、県をまたぐ旅行にも...
現在は実証実験のデータのみだが、将来的には一般企業や行政が今まで公開してこなかったデータを連携基盤上に掲載できる可能性も十分ある。少し気が早いが、その場合はどのような活用法が期待できるか東谷さんに聞いてみた。
ソフトバンクが挙げるデータ連携基盤の活用例のうち、東谷さんが最も活用してほしいと思っているのが「防災・減災」だ。データ連携基盤に電力使用量のデータが格納される時代がくれば、避難に躊躇している家庭を割り出すことが可能になり、行政側もよりスムーズな避難誘導ができるという。
「例えば、自宅の電力使用量のデータを可視化し、在宅している方がリアルタイムで分かるようになれば、避難勧告や避難指示が出された時に、重点的に避難を誘導できるのではないでしょうか。現状だと1件1件ドアをノックして『避難されていますか』と呼びかけているので」(ソフトバンク・東谷さん)
また、ソフトバンクは広島以外の自治体でもデータ連携基盤の構築を提案している。実装例が増えれば、他の都市とのデータ連携も可能になるかもしれない。
「例えば、東京から鎌倉、そのあと富士山に行くという県をまたぐ旅行。そのルートの中でお土産物を買った時に自動的に次の宿泊地のホテルに届くようなサービスを、基盤同士を連携させることで提供できるかと。特に富裕層の外国人観光客からは、そういうサービスがありがたいとお話されるケースが多いです」
冒頭のサイクリングの話を覚えているだろうか。広島・尾道と愛媛・今治をつなぐ「瀬戸内しまなみ海道」は、まさにサイクリングの聖地。自転車の登録データと宿泊先のデータを活用することで、サイクリング中に買ったお土産を宿泊先に届けることができるサービスが生まれれば、道中お土産を諦めることなく、サイクリングを楽しめるというわけだ。
――少々飛躍してしまったが、それだけデータ連携基盤の可能性は広がっているということ。今後の展開に期待だ。
<企画編集:Jタウンネット>