八王子VS立川! 多摩の「首都」はどちらか検証する
東京都は23区と市郡、島嶼部の3つに分かれている。市部は「多摩地区」と呼ばれ、約422万人が暮らす。
その中心都市の地域を占めてきたのが、人口約55万人の「八王子」だ。幕末から昭和にかけて生糸貿易の中継地となり、大丸や西武、伊勢丹、そごうなどが出店する商都として栄えた。しかし列挙した百貨店はすべて撤退。規模の割には活気がない。
これに対して「立川」は日の出の勢いだ。人口は約17万5000人程度なのに、駅前に大型商業施設が集中する。かつて八王子にあった東京地方裁判所の支部も2009年に立川に移転した。「東京西部の新都心」といっても誇張ではないが、全国に誇る特産品はウドくらいだ。
多摩の「首都」はいったいどちらなのか――。今回は八王子と立川の両都市を比較する。
観光地としての魅力があるのは?
「そもそも八王子と立川の位置関係がよく分からない」という人は少なくないだろう。下の図は東京多摩地区の地図だ。
八王子の西半分は山地。年間約300万人が訪れる高尾山もある。東半分は丘陵地帯で、市の中心部は盆地となっている。
一方の立川はほぼ平地だ。大正初期までは何にもない農業地帯だったが、1922年に開設された旧陸軍立川飛行場が転機となる。軍施設が建設され、町の発展は加速した、
戦後接収した米軍は滑走路を拡張したかったが、地元住民の猛烈な反対で挫折、米軍基地は1977年に全面返還された。ちなみに集団的自衛権論争でよく出てくる「砂川判決」はここが舞台。
基地跡地は国営昭和記念公園や防災基地、自衛隊駐屯地となり、国や都の行政機関も続々移転した。
昭和記念公園は様々なイベントが開催される、23区でいえば代々木公園みたいな空間だ。
しかし、ミシュランで三ツ星評価を受け、世界中から人が集まる高尾山にはかなわない。観光地勝負は八王子の勝ち。
中心駅の利用者数が多いのは?
両市の鉄道の中心はJR中央線だが、八王子は京王線も通っている。車やバス利用の市民が多いという事情もあるのだが、JR八王子駅の求心力はそれほどではない。1日平均の乗車人員は8万4000人程度。京王八王子駅の人数を足してもJR立川駅にはかなわない。
立川は西武拝島線が北部を走っているが、JRが圧倒的な存在感を示す。JR立川駅は中央線、青梅線、五日市線、南武線が通る。さらに2000年、多摩モノレールが開通したことにより求心力がぐんと高まった。乗車人員は八王子駅の約2倍で、多摩地区のNo.1ステーションにのし上がった。
駅対決では立川が八王子を圧倒している。
基礎データで目立つ立川の豊かさ
今度は基礎データを比較する。かつて商都として栄えた八王子だが、人口1人当たりの地方税収額や納税者所得、財政力指数などは立川を大きく下回っている。
完全失業率や老年人口比率、刑法犯認知件数の高さは気になるが、現状では立川の豊かさが目立つ。
基礎データは立川の方が優秀だ。
百貨店に見捨てられた八王子とモテモテの立川
冒頭でも触れたが、八王子はいくつもの百貨店が進出と撤退を繰り返した場所だ。集客力のあるのは三井アウトレットパーク多摩南大沢だが、市の中心部からは遠く離れている。
これとは対照的に立川は大型店ラッシュが続く。ひょっとしたら、仙台やさいたまよりも繁華街は都会的かもしれない。
商業地対決は立川が八王子を圧倒している。
人材力がすごいのは?
ここまであんまりいいところのない八王子だが、有名芸能人を続々と輩出している。呉服屋の娘だった松任谷由実さんを筆頭に、人気俳優の上川隆也さん、西島秀俊さん、福士蒼汰さん......。八王子の空気を吸って育った美男子がこんなに多いとは驚きだ。
立川出身の有名人は、卓球選手の四元奈生美さん、プロレスラーのアジャ・コングさんなど芸能界に限らないが......層の薄さは否めない。
どちらかというと主要事業所(企業)の方が光っている立川。スーパーのいなげや、Olympicは市内に本店がある。
八王子の企業は一見地味だが、製造業が集結している。蛇の目ミシン工業は世界で初めて家庭用機を発売した世界最大のミシン会社だ。
さらに立川にない強みがある。それは大学の多さだ。中央大学、工学院大学、東京工科大学、帝京大学、多摩美術大学、創価大学、東京薬科大学など、日本有数の学園都市といえる。
いずれのキャンパスも市中心部から遠くはなれていて、学生は立川で遊びたがるけれども、産学パワーで新たな産業を創出することだって夢ではない。
実際、商工会議所は「サイバーシルクロード八王子」なる団体を立ち上げ、創業のサポートをしている。
主要事業所・有名人対決は八王子に軍配を挙げたい。
以上、観光地、鉄道の中心駅、基礎データ、大型商業地、主要事業所・有名人の5つで比較した。結果は3対2で立川が勝利したが、眠っている人材を掘り起こし、町の活性化につなげることができれば、再逆転もあり得るのではないか。