徹底調査! 「東京チカラめし」の跡地は今、どうなっているのか
栄枯盛衰が激しい日本の外食業界。2011年6月に東京・池袋西口に1号店がオープンした「東京チカラめし」は、従来の「煮る」牛丼ではなく「焼く」牛丼で、大きな話題となった。こってりした油っぽさが肉好きにうけて急成長したが、他の牛丼チェーンが対抗メニューを発売すると失速、店舗の閉店が相次いだ。
運営元の三光マーケティングフーズは2014年4月、直営店の約7割にあたる68店舗を手放した。譲渡先は関東地方でカラオケ店や飲食店を経営するマックグループだが、承継した店舗はその後すべて別業態に変更された。
しかし、三光が手元に残した店舗のうち15カ所(直営12、フランチャイズ3)は現在も営業している。
一時は140店にまで達し、都心の駅前ではほぼ必ずと言っていいほどその看板を目にした東京チカラめし。閉店または別業態へ転換した店はどうなっているのだろうか。Jタウンネットは東京チカラめしのあった場所をいくつか訪れた。
神田駅前はSガストになっていた
最初に訪れたのは2011年9月にオープンした「神田東口店」。JR神田駅前の好立地だが、マックが事業を承継する前に閉店した。跡地はSガストになっていた。
家系ラーメン魂心家になったケースも
次に向かったのは飯田橋駅西口。早稲田通りを皇居方面に約200メートル歩いた場所に2012年5月オープンの「飯田橋1号店」があったのだが――。横浜家系ラーメン魂心家になっていた。こちらもマック承継店ではない。
東京有数の繁華街・新宿は、東京チカラめしの出店が激しかったところで、現在も「西口1号店」と「東口総本店」の2店舗が残っている。
小滝橋通り沿いにあった西口2号店。2011年末にオープンしたが、店は2年ともたなかった。2013年5月以降は横浜家系ラーメン魂心家になっている。仕上げた人が別なのか、飯田橋の店の看板と書体が微妙に異なる。
マック承継店の多くは傘下の別業態に
新宿西口3号店と4号店はマックが承継した店舗だ。両跡地は小田急ハルクのすぐそばにあるのだが、約100メートルしか離れていない。
3号店はハルクの裏に店を構えていた。現在は横浜家系ラーメン壱角家となっている。
ハルクと同じ番地にあった4号店は「すためしどんどん」に変わった。
壱角家も「すためしどんどん」もマックグループの傘下である。
話は少々脱線するが、現在も営業中の東京チカラめし新宿西口1号店の並びに壱角家の西新宿店がある。
横浜家系ラーメンの店がやけに目立った一帯。こんな密度で出店して、共存共栄が可能なのか気になる。
代々木は「つけ麺らーめん春樹」に
新宿の南隣の代々木駅周辺は、大学予備校と美容専門学校が多く集まる。外食チェーンのニーズは決して低くない。2012年10月にオープンした代々木店は駅前の好立地だったが、約21カ月しか続かなかった。
現在は「つけ麺らーめん春樹」となっている。
早稲田店跡地は...
最後に訪れたのは早稲田。大学だけでなく系列校も立地する東京有数の学生街だ。早稲田キャンパス内に大きな食堂は1つしかないので、外で食べる学生も少なくない。
東京メトロ東西線早稲田駅の3b出口のすぐ隣にあった早稲田店。こちらもマック系店舗だ。現在の業態は「鶏の華」。
以上、中央線・総武線の東京チカラめし跡地をいくつか回ったが、整理すると次のようになる。
三光マーケティングフーズ→マックへの承継前に閉店した店舗は、「Sガスト」「横浜家系ラーメン魂心家」「つけ麺らーめん春樹」などの飲食店になっている。
一方、マックに継承された店舗は、「横浜家系ラーメン壱角家」「すためしどんどん」「鶏の華」「虎右衛門」といったマック傘下の別業態に変更されている。
ただしマック承継店舗の一部に、横浜家系ラーメンの「町田商店」が出店するケースもある。旧祖師ヶ谷大蔵店や金町店、町屋店、秋津店、練馬店などがそうである。町田商店とマックの間に資本関係はないようだが、いろんな部分で似ている。
いずれにせよ目立つのは、横浜家系ラーメンに変わった店舗の多さだ。マック系店舗が業態変更したもののみならず、複数のチェーンが、競うようにチカラめしのあった場所に出店していることがわかる。