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真夜中の森で、光体が浮かぶのを見た話【ささや怪談】

前田雄大

前田雄大

2016.04.29 20:00
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「俺が見たのは、何だったのかな」
   Tさんは、言葉を選びながら言った。

   その日、わたしは、シレンシオと言う名の工房を訪れた。シレンシオという名前は、スペイン語で「沈黙」を意味する言葉だ。
   扉を開けると、広々とした空間が広がっていた。 真っ先に映るのは、横長の作業机。机の上には、ラップトップ・パソコンと糸ノコギリと万力と精密ドリルとアンティーク調の鏡が、整然と並べられている。それから、色とりどりのキャンディが入った小さなバスケットがひとつ。 工房を仕切るのは、職人のTさん。 彼は、わたしが来たことに気付くと、作業を中断した。
「前田くん、少しかかるけどいい?」
「大丈夫ですよ」
   わたしは、彼の真向かいの椅子に座った。それから、自分の万年筆を取り出して、彼に渡した。すぐさま、彼は調整を始めた。牛革のレザーエプロンが、てらてらと光を放っていた。このエプロンは、独自のルートで調達したオーダーメイド品だという。
「特別なんですね」
「まったく同じものは、どこにもないよ。そういえば、石垣島にはいつ行くの?」
「来月です」
「いい旅行になるといいね」
「お土産に、ブルーシールのアイス買ってきます」
   調整が終わると、万年筆は誇らしげな顔をして帰ってきた。
   わたしは、何か不思議なことはなかったかを尋ねた。今でもわたしは、親しくなった人にしか、こういった話題を切り出せないままでいる。
「昔話だけど、あるよ。その前に、キャンディでもどう?」
   わたしは、チュッパチャプスのチェリー味を選んで、口にした。

   いまから、二十年前の夏休み。
   Tさんは、二人の友人とキャンプに行った。
   深い森へ。
   友人たちの名前は、Sさんと、Lさんとしておこう。
   彼らは、遊歩道のルートをあえて外れ、奥へと歩いた。コンパスも目印もロープも頼らず、気の向くままに進んだという。まだ大学生だったからか、怖いものが無かった。
「俺たち、地図を読むのが苦手だったし」
   その森は、ひんやりとした空気が漂っていたという。
「蛇もよく出たね」
   三人は、平坦な場所にキャンプを設置した。夜になると、焚き火を熾して、バーボンを飲んだ。晩ご飯は、持ってきたボウルに小麦粉と水を入れてから溶き混ぜたものを、鉄板に広げてから、焼いて食べた。
「即席のチヂミだよ。ああいうのはお金かからないし早くて美味しいよ」
「ネギや海老は、入れましたか?」
「入れなかった」
   プレーン味ということか。
   わたしは、3分クッキングのテーマ曲を思い浮かべてしまって、笑いを堪えていた。

photo by Digital Aesthetica, from Flickr
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   辺りは、夜の闇に包まれるはずだった。ところが、周囲の木々がほのかに見えるぐらいには、明るかった。星空なのか、月明かりかは、わからなかったが。
   TさんとLさんは、ふたりで他愛も無いことを話して、陽気に騒いでいた。
   Sさんは、違っていた。
   ひとりで、黙々と、バーボンを飲んでいた。バーボンの味を楽しむのではなく、まるで、一刻も早く酔い潰れたそうに、生のままで煽り続けていたのだ。
   彼は、呟いた。
「まわり、見てみ」
   Tさんは、酔いが回った頭のままで、自分たちの周囲を見回した。
   ぽわっ...ぽわっ...ぽわっ......。
   木々のすき間で、何かが光っていた。
   真っ白い光の球が、着いては消えて、また着いてを繰り返していた。それらが、五つも六つも、浮遊していた。ちょうど、バスケットボールぐらいの大きさだった。
「光体って言うのかなあ」
   三人は、急いでテントに駆け戻り、バーボンの残りに手を伸ばした。
   どれだけ飲んでも、ちゃんと酔えない。
   SさんとLさんは、さっさと横になる事を選んで、寝ている真似を続けている。
   Tさんは、ジッパーの隙間から、こっそりと外を伺った。
   やはり、光体はいる。現れて、消えて、ぐるぐるしている。
   ただ、そこにいるだけだ。
   彼は、光体を観察しようとして、じっと見つめた。

「怖くなかったですか?」
「あんまり」
   わたしは、話の続きが気になっていた。
「朝になったら、すぐに撤収したよ」
「なるほど。ところで、足跡は見ましたか?」
「そこまで頭が回らなかったな。とにかく、駐車場まで走って戻ったよ。俺たち三人、今でも仲良しだよ」
   ということは、生きた人間だった可能性もある。その前に、全員が泥酔していたことは、忘れないでおきたい。
「それで、何を見たんですか?」
   彼は、ひと呼吸置いてから、続きを語り出した。
「視線を、はっきり感じたんだ。たぶんだけど、目と目が合ったかもしれない」
   わたしは、静かに、彼の言葉の続きを待った。
「でも、幽霊とか人間とか、そういうものじゃなかったかもね」
   彼は、もどかしげな表情を浮かべた。
「目と目が合ったということは、光の中に眼球が在ったということですよね?」
「......もしかしたらね」
   わたしは、素直に問いかけた。
「もしもそれが、人間でも動物でも幽霊でもない、まったく別の何かだったとしたら、どうします?」
   彼は、何かを懸命に思い出そうとしていたが、やがて、表情を強張らせてしまった。

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筆者:前田雄大

怪談団体「クロイ匣(ハコ)」の主宰者。関西を中心として、マイペースに怪談活動を行っている。https://twitter.com/kaidan_night
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