一次元金属オリゴマーの逐次的合成
Step-by-stepで複数種の金属を一次元伸長化することに成功
2023年2月24日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学
一次元金属オリゴマーの逐次的合成 Step-by-stepで複数種の金属を一次元伸長化することに成功
【本研究のポイント】
・白金(Pt)とロジウム(Rh)に金属結合(注1)を有する金属錯体(注2)と、別の金属錯体を混合して、Rh-Pt-PdもしくはRh-Pt-Cuと、3種類の金属を並べることに成功した。
・混合する割合と濃度を調整し、3つと5つの金属が並んだ一次元金属オリゴマー(注3)を合成した。
・三方両錐型の立体構造をもつ銅1価錯体を、世界で初めて合成できた。
【研究概要】
岐阜大学工学部 植村一広准教授、自然科学技術研究科 修士課程(令和4年)卒業生 池田友哉さん、工学研究科 博士後期課程3年生 高森敦志さんは、白金とロジウム間に金属結合を有する金属錯体と、別の金属錯体で、逐次的に金属結合を伸長化させて、3つもしくは5つ金属が並んだ一次元金属オリゴマーを合成することに成功しました。これらは、金属結合が生成する方向の電子的相互作用を利用した、極めて合理的な合成法で得られており、パラジウムや銅原子を組み込んで、3種類の金属が並んだオリゴマーも合成できます。特に、銅の場合、酸化数1価で三方両錐型の特殊な幾何構造を安定化し、一次元構造内で、金属が異常な状態にあることを意味しています。この合成法は、周期表中の様々な種類の金属を選び、個数をさらに増やし並べられる可能性があり、整流効果のある微細な細線や、単分子磁石への応用が期待されます。
本研究成果は、Wiley刊行の学術雑誌「Chemistry–A European Journal」のInside Coverに選ばれ、2023年2月22日にオンライン版が掲載されました。
なお、本研究は、溶液論の専門家である甲南大学理工学部 岩月聡史教授と東京工業大学物質理工学院 博士後期課程3年 竹山知志さんとの共同研究です。研究成果を抽象的に、3個と5個の三色団子を手にもったCG (Computer Graphics)で表現しました(図1)。CGは本研究内容とイメージ案を元に、サイエンス・グラフィックス株式会社 辻野貴志氏によって制作されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202302243227-O5-x4QQO8aL】
図1. 3つもしくは5つ金属が並んだ一次元金属オリゴマーを三色団子にみたてた、Inside Cover.
【研究成果】
金属が金属結合で一次元状に並んだ金属錯体は、常温超伝導(リトル)モデルの対象化合物であり、金属上の電子の揺らぎに起因した多彩な電子相が見出され、一次元伸長方向への異方的な導電性が明らかにされてきました。一方で、近年、有限個の金属が連なった一次元金属オリゴマーのEMAC(= Extended Metal Atom Chain)に興味がもたれています(図2上)。現在、最も長いEMACは、ニッケル(Ni)が11個並んだもので、約3ナノメールの長さをもち、量子細線として大きく期待されています。最近では、金属の種類が複数種のEMACであるHMSC(= Heteronuclear Metal String Complexes)が注目されており、非対称構造に基づいて、一方向にしか電気が流れない整流効果が確認されています。これらEMACとHMSCは、多座配位可能なポリピリジルアミンやπ共役配位子を用いたテンプレート(鋳型)法で得られており、実際に合成すると様々な構造体ができあがり、望みのものを得るのに労力や課題を伴います。
そのような中、岐阜大学のグループは、白金(Pt)とロジウム(Rh)間に金属結合を有する金属錯体に注目しました。この金属錯体は、PtとRhが有機配位子のピバルアミダートによってブリッジされ、Rh側がトリフェニルホスフィンでブロックされた構造をもっています。原子番号78のPtは10個、原子番号45のRhは9個、d軌道に電子をもっていますが、Ptから2個、Rhから3個電子をとり、酸化すると、Pt側に電子不足の状態をつくることができます。ここへ、例えば、Pt、パラジウム(Pd)、銅(Cu)等の、別の金属錯体(M)を加えると、電子不足のPtと金属結合を形成して、Rh-Pt-Mと一次元状に並び、少な目に別の金属錯体を加えると、Rh-Pt-M-Pt-Rhと並ぶことを見出しました(図2下)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202302243227-O6-Cj1cLw84】
図2. 一次元金属オリゴマー(EMACとHMSC)の従来の合成法と、本研究での逐次的な合成法.
Rh-Pt-Mの逐次生成定数をK1、Rh-Pt-M-Pt-Rhの逐次生成定数をK2とすると、Ptの場合、KPt,1 = 6.3 × 107 M−1、KPt,2 = 7.9 × 105 M−1、パラジウムの場合、KPd,1 = 6.3 × 106 M−1、KPd,2 = 1.0 × 105 M−1となり、全生成定数(β = K1·K2)は、βPt = 5.0 × 1013 M−2 and βPd = 6.3 × 1011 M−2となり、Ptの方が100倍できやすいことがわかりました。デンタルリンス中にあるシクロデキストリンがNa+をキャッチするのが104から106 M−1、一酸化炭素中毒の要因となるヘムタンパクとCOの結合定数が106 M−1であることからも、この生成定数は大きく、溶液中でも安定に一次元構造を維持していることがわかりました。
単結晶X線構造解析で、Rh-Pt-M-Pt-Rhの分子構造を明らかにすることも成功しており(図3)、両端のRhからRhの距離は12 Å(1.2ナノメートル)、周りの有機物を考慮して、一次元金属オリゴマーの直径は10 Å(1ナノメートル)であることが明らかになりました。特に、Cuの場合、Cuの金属酸化数は+1で、Cl−が3つ配位、Ptが2つ金属結合した、三方両錐型の立体構造をもち、Cu(+1)での配位構造では、世界で初めての例であり、学術的には大変興味深いと思われます。
【今後の展開】
末端のトリフェニルホスフィンを別の配位子にし、一次元金属オリゴマーの単分子伝導度測定(ブレークジャンクション法)をし、電気特性を定量的に明らかにする予定です。本合成法は汎用性があるので、金属の種類、一次元配列順、長さを変えた多彩な一次元金属オリゴマーの合成が期待されます。また、不対電子をもつ常磁性一次元金属オリゴマーも得られているので、磁気物性への展開も期待されます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202302243227-O7-eU4Z5mqB】
図3. 本研究で明らかになった(a)白金とロジウム間に金属結合を有する金属錯体の分子構造と(b)その最低空軌道、および(c)Rh-Pt-Cu-Pt-Rhと並んだ一次元金属オリゴマーの結晶構造.
【論文情報】
雑誌名:Chemistry–A European Journal
論文タイトル:Asymmetrical Platinum and Rhodium Dinuclear Complex Strongly Bound to Filled dz2 Complexes by Unbridged Pt–metal Bonds Toward Heterometallic-Extended Metal Atom Chains
著者:Kazuhiro Uemura, Yuya Ikeda, Atsushi Takamori, Tomoyuki Takeyama, Satoshi Iwatsuki
DOI: 10.1002/chem.202204057
Inside Cover: https://doi.org/10.1002/chem.202300532
【用語解説】
注1)金属結合: 金属原子と金属原子との間にできる化学結合のこと。銅や鉄といった金属の塊も、3次元的に金属結合で組みあがった固体である。2粒の原子があれば金属結合は可能で、原子間に電子を共有して結合を形成する。共有される電子は、主にd軌道にあるため、結合方向を考えれば、二重、三重、四重と多重結合が可能となる。
注2)金属錯体: 金属原子に有機物が結合(配位)した、有機-無機複合分子のこと。有機物は、炭素、窒素、水素等からなる物質で、無機物は、それ以外の元素からなる、セラミックスや金属酸化物であり、金属錯体は双方の性質を併せもった化合物といえる。
注3)一次元金属オリゴマー: 直接の金属結合で、幾つかの金属原子が一次元状に連なったオリゴマーのこと。共有結合の炭素-炭素結合からなるオリゴマーとポリマー(有機高分子)に対し、金属結合で一次元状に連なった化合物を合成することは、未だ難しい。
【研究者プロフィール】
植村 一広(うえむら かずひろ):論文筆頭著者、論文責任著者
岐阜大学 工学部 准教授
池田 友哉(いけだ ゆうや)
岐阜大学大学院 自然科学技術研究科 修士課程修了(令和4年)
高森 敦志(たかもり あつし)
岐阜大学大学院 工学研究科 博士後期課程3年
竹山 知志(たけやま ともゆき)
東京工業大学 物質理工学院 博士後期課程3年
岩月 聡史(いわつき さとし)
甲南大学 理工学部 教授
【研究サポート】
本研究は、公益財団法人小川科学技術財団の支援を受けて行われた。また、実験の一部および分子軌道計算は、日本学術振興会 科学研究費 基盤研究C(21K05098)および自然科学研究機構 計算科学研究センター(課題番号 22-IMS-C221)の支援を受け実施された。本研究の一部は、文部科学省「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号 JPMXP1222MS1016)の支援を受け自然科学研究機構 分子科学研究所で実施された。