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悪性脳腫瘍(神経膠腫)の術後に生じる 静脈血栓塞栓症の病態解明と早期診断マーカーを特定

2023.02.16 19:00

-可溶型CLEC-2値の臨床応用-

2023年2月16日
新潟大学

                                                 

【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102154/202302163020/_prw_OT1fl_lFvFW26k.png

新潟大学脳研究所脳神経外科分野の安藤和弘非常勤講師,棗田学助教,藤井幸彦教授らの研究グループは,株式会社LSIメディエンスとの共同研究で,予後不良とされるイソクエン酸脱水素酵素遺伝子(IDH)野生型の悪性神経膠腫(こうしゅ)(注1)の術後に合併する静脈血栓塞栓症の機序と早期発見・予測のための指標(バイオマーカー)を同定することに成功しました。静脈血栓塞栓症は,深部静脈血栓塞栓症と肺塞栓症の総称であり,いわゆる「エコノミークラス症候群(注2)」とも言われます。下肢にできた血栓が心臓から肺動脈に移動すると呼吸困難を引き起こし突然死の原因となります。故に,悪性神経膠腫患者の術後管理において,その早期発見は重要です。本研究グループは,既にIDH野生型悪性神経膠腫では組織中にPodoplanin(PDPN,ポドプラニン)というタンパク質の発現が高く,PDPNの発現が高い症例では術後の静脈血栓塞栓症の合併頻度が高いことを報告しています。PDPNは血小板表面のレセプターであるCLEC-2と結合し,血小板活性を惹起します。今回の研究では,悪性神経膠腫患者の術後早期に血液中のCLEC-2(可溶型CLEC-2)を測定し,IDH野生型の患者で値が上昇しており,さらには静脈血栓塞栓症を合併した患者では顕著に上昇していたことがわかりました。特に可溶型CLEC-2値を血小板数で割ったC2PAC指数が術後静脈血栓塞栓症を合併した患者で上昇しており,静脈血栓塞栓症予測の有用なバイオマーカーであることが判明しました。

本研究の結果より,①PDPNの発現量が高いIDH野生型悪性神経膠腫の術後で可溶型CLEC-2値,C2PAC指数 が上昇していることが判明しました。②静脈血栓塞栓症を合併した際,可溶型CLEC-2値,C2PAC指数が上昇しており,IDH野生型悪性神経膠腫症例の静脈血栓塞栓症発症に血小板活性が強く関わっていることが判明しました。これまで,静脈血栓塞栓症合併には凝固系が強く関わっていると考えられてきましたが,本研究では,凝固系の亢進の前段階に血小板の活性化も強く関与していることが示唆され,IDH野生型悪性神経膠腫症例に合併する静脈血栓塞栓症の病態解明に繋がりました。また,術後に可溶型CLEC-2値を評価することで静脈血栓塞栓症合併をより早期に予知・発見するが可能となり,臨床におけるより安全な術後管理に寄与できることが期待されます。

 

Ⅰ.研究の背景

悪性神経膠腫を含め,悪性腫瘍患者では10-20%の割合で静脈血栓塞栓症を合併すると言われています。悪性神経膠腫における静脈血栓塞栓症の危険因子として,年齢・下肢麻痺・腫瘍のサブタイプなどが報告されていますが,そのメカニズムについては不明な点が多いです。本研究グループは既に,悪性神経膠腫術後の静脈血栓塞栓症は,腫瘍細胞中のPDPNが高頻度に発現されるIDH野生型悪性神経膠腫で多く,PDPNが静脈血栓塞栓症の危険因子となり得ることを報告しています(Watanabe et al. World Neurosurgery, 2019)。PDPNは血小板に発現しているCLEC-2受容体と結合することで血小板凝集を誘導することが既に知られています。血小板活性が高い状態では血漿中の可溶型CLEC-2値が高く,血栓形成において重要な役割を担っていると考えられています。可溶型CLEC-2は血小板活性と同時に血液中に放出され,血小板活性の重要なバイオマーカーの一つとして知られており,様々な疾患(血栓性細小血管症,播種性血管内凝固症候群,急性冠症候群および急性虚血性脳卒中)で上昇することが報告されています。しかし,可溶型CLEC-2値と腫瘍細胞中のPDPN発現量との相関関係については報告がありません。本研究では,悪性神経膠腫における可溶型CLEC-2値と腫瘍細胞中のPDPN発現,さらには静脈血栓塞栓症合併との相関関係を明らかにし,血栓形成の病態生理についても解明しました。

 

Ⅱ.研究の概要・成果

2018年4月から2020年8月までに新潟大学脳研究所脳神経外科で手術介入を行ったWorld Health Organization (WHO) グレード3以上の悪性神経膠腫44症例を対象とし,IDH野生型群35例とIDH変異型群9例とで比較検討を行いました。静脈血栓塞栓症合併の診断にはDダイマー値を用いました。本研究グループは以前,開頭術後に合併する静脈血栓塞栓症スクリーニングにおいてDダイマーが有用であることを報告しています(Natsumeda et al. World Neurosurgery, 2018)。血液中の可溶型CLEC-2の測定にはLSIメディエンス社製の専用enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)キットを使用しました。また,CLEC-2は血小板に発現しているため,血小板数に影響を受ける可能性があり,可溶型CLEC-2値を血小板数で割った値をC2PAC 指数として定義し,比較を行いました。なお,比較の対照群には悪性脳腫瘍以外の手術症例や健常ボランティアの結果も加えました。

PDPN発現量が高いIDH野生型悪性神経膠腫では可溶型CLEC-2値とC2PAC指数が対照群と比較して有意に上昇しており,血小板活性が亢進していることが示されました(図1)。静脈血栓塞栓症の合併は合計9例で,IDH野生型群で多い結果(8例対1例)となりました。



【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202302163020-O1-xsUHu836
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202302163020-O2-EknG0U11

IDH野生型群では静脈血栓塞栓症の合併が多く,可溶型CLEC-2値とC2PAC 指数が高かったことを受け,次にIDH野生型群で可溶型CLEC-2値やC2PAC指数が静脈血栓塞栓症合併の予測因子となり得るかを検討しました。IDH野生型群を,静脈血栓塞栓症を合併した8例と合併しなかった27例との2群に分け,2群における可溶型CLEC-2値とC2PAC指数を比較しました。静脈血栓塞栓症合併群では可溶型CLEC-2値が高い傾向にあるものの有意差は認めず,C2PAC 指数は静脈血栓塞栓症合併群で有意に上昇していました。また,静脈血栓塞栓症を予測するためのC2PAC指数のカットオフ値を3.7とすると,感度87.5%で特異度51.9%でした(図2)。

この結果から,IDH野生型悪性神経膠腫の術後では腫瘍に発現しているPDPNが血中に放出されCLEC-2との結合体が形成されることが,静脈血栓塞栓症合併の重要な因子であることが判明しました。つまり血小板活性が術後の静脈血栓塞栓症合併に関わっており,C2PAC指数は静脈血栓塞栓症合併を予測・診断する新しいバイオマーカーとなる可能性があることが示されました。これまで静脈血栓塞栓症の合併には,既に生じているであろう血栓をD-dimer値でスクリーニングすることが一般的でした。今回の研究ではCLEC-2値やC2PAC指数を用いて血栓が形成される前の段階で予知ができる可能性があり,より安全な術後管理につなげることができます(図3)。また,これまで静脈血栓塞栓症合併には,凝固因子が強く関わっているとされていますが,今回の研究で血小板活性も強く関わっていることが示され,今後の治療選択に役立てられる可能性があります。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202302163020-O3-ImfY20A5

 

Ⅲ.今後の展開

今回の研究では,静脈血栓塞栓症を合併した時点での評価でありましたが,今後は合併する前段階での評価も加え,CLEC-2やC2PAC 指数がどのように推移するかを検討する必要があります。さらには抗血小板剤や抗PDPN療法が治療薬として選択できるかどうか,動物実験を含め,検証をしていく必要があると考えています。

 

Ⅳ.研究成果の公表

本研究成果は,2023年1月21日,国際科学誌「Thrombosis Research」に掲載されました(IF = 10.407)。

論文タイトル:Elevated ratio of C-type lectin-like receptor 2 level and platelet count (C2PAC) aids in the diagnosis of post-operative venous thromboembolism in IDH-wildtype gliomas

著者:Kazuhiro Ando, Manabu Natsumeda, Masahide Kawamura, Kamon Shirakawa, Masayasu Okada, Yoshiro Tsukamoto, Takeyoshi Eda, Jun Watanabe, Shoji Saito, Haruhiko Takahashi, Akiyoshi Kakita, Makoto Oishi and Yukihiko Fujii

doi: 10.1016/j.thromres.2023.01.018

 

Ⅴ.謝辞

本研究は日本学術振興会,科学研究費助成事業,若手研究(JP20K17920)の支援を受けて行われました。

 

【用語解説】

(注1)・・・イソクエン酸脱水素酵素をコードする遺伝子(IDH)の変異がなく,発生した悪性脳腫瘍のこと。IDH遺伝子に変異がないため野生型と呼ぶ。一方,IDH遺伝子の変異が生じることで発生した悪性脳腫瘍を変異型と呼ぶ。

(注2)・・・飛行機などで長時間座った体制が続くと下肢の静脈の流れが悪くなり,静脈内に血栓を生じる。

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