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国内生息絶滅危惧鳥類(ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシ)からiPS細胞を樹立

2022.10.25 14:00

細胞による絶滅危惧鳥類の保全研究に新展開

2022年10月25日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

国内生息絶滅危惧鳥類(ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシ)からiPS細胞を樹立 細胞による絶滅危惧鳥類の保全研究に新展開

 

【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M106389/202210218543/_prw_PT1fl_vMe5swi8.png

国立研究開発法人国立環境研究所、国立大学法人岩手大学、猛禽類医学研究所、NPO法人どうぶつたちの病院 沖縄、国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学を中心とするグループは、独自に開発した手法を用いて、日本国内に生息する絶滅危惧種である、ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシからiPS細胞(人工多能性幹細胞)を樹立しました。本報告は、世界で初めて絶滅危惧鳥類のiPS細胞を樹立した報告です。絶滅危惧種を含めた野生動物では、生体を使った実験は困難です。本研究で樹立したiPS細胞を神経様細胞などの細胞に分化させることで、病原体感染実験などの高度な感染症リスク評価への応用等が可能になります。本研究で樹立したiPS細胞を用いることで、今後、絶滅危惧種保全研究の新展開が期待されます。

本成果は、2022年10月24日ロンドン時間10時(日本時間18時)にNature publishing groupが発行する『Communications Biology』に掲載されました。

 

 

1.発表のポイント

●絶滅危惧鳥類4種(ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシ)のiPS細胞の樹立方法を開発。

●世界で初めて絶滅危惧鳥類からiPS細胞の樹立に成功(4種同時報告)。

●これらのiPS細胞は、種ごとに細胞の品質(分化能力)が異なる。

●絶滅危惧鳥類の感染症や汚染物質の高度な評価に応用へ。

●絶滅危惧鳥類の繁殖・発生・生殖等の基礎研究への貢献も期待。

 

2. 背景

生物多様性のホットスポットである我が国には多数の絶滅危惧種が生息しています。環境省レッドリスト2020では哺乳類34種、鳥類98種、爬虫類37種、両生類47種、魚類169種が絶滅危惧種として指定されています(参考1)。また、環境省による保護増殖事業では、ヤンバルクイナやライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシなど(脊椎の対象種は、哺乳類4種、鳥類16種、爬虫類1種、両生類1種、魚類5種)を対象種としています(参考2)(図1)。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218543-O1-P78S94U8】 図1 環境省保護増殖事業対象種であるヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシ

 

昨今、保全生物学において、生息域内保全と細胞の凍結保存も含めた生息域外保全を一体として進める統合型保全策「ワンプランアプローチ」が提唱され、国立研究開発法人国立環境研究所でもその研究が進められています(注1)。国立環境研究所では環境試料タイムカプセル棟において、域外保全の一環として絶滅危惧種を中心に、2002年から野生動物の体細胞等を長期保存用タンクの中で凍結保存しています(参考3)。また、国立環境研究所では、保存した体細胞を用いて、感染症の感受性評価や培養細胞から抽出したDNAを用いた野生動物のドラフトゲノムの解読(参考4)(注2)も進めています。

野生動物から神経細胞や肝細胞が取得できれば、野生動物の感染症や汚染物質によるリスクを試験管内でより高度に評価することが可能になりますが、現実的に取得できる体細胞は皮膚または筋肉由来の細胞が中心になります。そこで、我々のグループではiPS細胞技術に着目しました(注3)。iPS細胞は皮膚や筋肉などの細胞から樹立可能です。さらに、神経細胞や肝細胞を含めて、様々な細胞に分化できるため、試験管内での病原体感染実験や汚染物質ばく露試験によるリスク評価が可能になります(図2)。実際にヒトの研究では、皮膚等から採取した細胞を基にしたiPS細胞を、特定の細胞に分化させ、感染症研究や毒性評価に利用されています。また、受精卵の利用が難しい絶滅危惧種において、iPS細胞は試験管内における発生、生殖、繁殖等の基礎研究への利用も期待されます。このように、絶滅危惧種研究においては、iPS細胞を用いることで様々な新規情報の取得が可能になり、保全研究における新展開が期待できます。国際的にも絶滅危惧種の保全研究においてiPS細胞などの多能性幹細胞の有用性は認識されており、米国サンディエゴ動物園を中心とするFrozen Zooプロジェクト(参考5)や、欧州で進められているFrozen arkプロジェクト(参考6)において、既に絶滅危惧哺乳類の保全研究に利用されています。

一方で、絶滅危惧種の保全を考える上で重要な情報を提供する可能性があるiPS細胞技術の応用は鳥類ではあまり進んでおらず、絶滅危惧鳥類におけるiPS細胞の樹立は報告されていませんでした。そこで、本研究では絶滅危惧鳥類のiPS細胞の樹立方法を開発し、iPS細胞を樹立しました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218543-O2-jQ7E89n7

図2 本研究の概略

 

3. 研究内容

本研究では、死亡個体から取得したヤンバルクイナ、ライチョウの体細胞と、新生羽軸(注4)から取得したシマフクロウ、ニホンイヌワシの体細胞を使用してiPS細胞の樹立を試みました。動物種ごとにiPS細胞の樹立に必要な遺伝子セットや培養条件が異なるため、マウスやヒトで使用されている方法をそのまま使用しても、鳥類のiPS細胞の樹立は困難です。我々の研究グループでは、以前の報告で転写活性を高めたOct3/4(注5)を含めた6つの初期化遺伝子を使用することで効率的にニワトリのiPS細胞の樹立に成功しています(参考7)。本研究では、この先行研究を発展させて、転写活性を強化したOct3/4を含めた7遺伝子(注6)をヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウの体細胞に同時に導入して、これらの野生鳥類のiPS細胞の樹立を試みました(図3)。

本研究で初期化した(注7)ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウの細胞は、マーカー染色等から未分化な状態を示しました(図3)。次に、より詳しい初期化した細胞の性質解析を進めました。遺伝子発現は、樹立した細胞の性質を明らかにする上で重要な解析です。国立環境研究所環境ゲノム科学研究推進事業では、ヤンバルクイナやライチョウなどのドラフトゲノム情報を取得・公開しています。本研究では、国立環境研究所で解読が進められたドラフトゲノムを利用し、初期化したヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウの細胞の遺伝子発現を解析しました。結果、遺伝子発現解析を通じても、初期化した細胞が未分化な状態を示すことが明らかになりました。加えて、試験管内、生体内の両方(注8)で三胚葉への分化が可能であることから、初期化した細胞は、iPS細胞であることが示されました(注3)。また、これらのiPS細胞から神経様細胞への分化にも成功しました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218543-O3-V2HmUiAj】 図3 ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウのiPS細胞の樹立 細胞が未分化な状態であるとマーカー染色で染色されます

 

樹立したiPS細胞の品質(分化能力)に関する情報は、細胞の分化を進める際に重要な情報になります(注9)。本研究では、同じ初期化方法を使用して樹立したにも関わらず、ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウのiPS細胞は性質が異なることが明らかになりました。特に、ライチョウのiPS細胞は、分化能力が高いマウスiPS細胞(ナイーブ型)に近い性質を示したため、より多様な細胞に分化が可能です。

さらに、本研究では、ニホンイヌワシのiPS細胞の樹立も試みました。ニホンイヌワシのiPS細胞の樹立には、新たに遺伝子を追加して合計8遺伝子を使用しました(注10)(図4)。初期化した細胞は、未分化な状態を示し、試験管内、生体内の両方で三胚葉分化が可能であることが確認されました。これらの結果から、初期化したニホンイヌワシの細胞は、iPS細胞であることが示されました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218543-O4-2T9r21Bu】 図4 ニホンイヌワシのiPS細胞の樹立

 

4. 今後の展望

野生動物を大量死に導く要因の一つとして、感染症があげられます。特に2004年以降断続的に国内の野鳥や家禽で発生している高病原性鳥インフルエンザは、絶滅危惧種の生息状況に影響を与える可能性があります。高病原性鳥インフルエンザで死亡した多くの野生鳥類は、脳炎により死亡することが分かっています。本研究で樹立したヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシのiPS細胞を、神経様細胞等に分化誘導すれば、これらの絶滅危惧鳥類の感染症によって発症する脳炎による死亡リスクの高度な評価が可能になります(注11)。

また、鉛中毒のような汚染物質による中毒も野生動物を大量死へ導く要因の一つとして知られています。国立環境研究所でも鉛による鳥類への影響の調査を進めているほか、鉛中毒を発症した鳥類は、神経症状を発症することも分かっており、野生鳥類の毒性評価においても神経毒性評価は重要であると認識されています。本研究で樹立したiPS細胞を肝細胞様細胞や神経様細胞に分化し、ばく露実験に利用することで、汚染物質の代謝や神経毒性等の高度な評価が可能になります(注11)。

さらに、受精卵を使った研究が極めて難しい絶滅危惧鳥類において、同細胞を用いた試験管内での発生、生殖、繁殖等の基礎研究を通じて、効率的な繁殖を進めるための基礎知見の集積も期待されます。

今回樹立したiPS細胞は、凍結保存することで半永久的に利用が可能であるため、環境試料タイムカプセル棟において保存しています。

5. 研究助成

本研究は、(独)日本学術振興会「科学研究費助成事業(21H02218)、 (19K15858)」の研究助成を受けました。

 

6. 発表論文

【タイトル】

Induced pluripotent stem cells of endangered avian species

【著者】

Masafumi Katayama#, Tomokazu Fukuda# Takehito Kaneko, Yuki Nakagawa, Atsushi Tajima, Mitsuru Naito, Hitomi Ohmaki, Daiji Endo, Makoto Asano, Takashi Nagamine, Yumiko Nakaya, Keisuke Saito, Yukiko Watanabe, Tetsuya Tani, Miho Inoue-Murayama, Nobuyoshi Nakajima, Manabu Onuma#

#: corresponding authors

【雑誌】

Communications biology

【DOI】

10.1038/s42003-022-03964-y

【URL】

https://doi.org/10.1038/s42003-022-03964-y

 

7. 用語

注1 ワンプランアプローチ

保護区設置に代表されるような域内保全と、保護施設や凍結保存細胞等による域外保全とを一体とした取り組みにより、絶滅危惧種の保全効果を革新的に高める取り組み。

 

注2 ドラフトゲノム

全ゲノム(遺伝情報の1セット)の概要のこと。

 

注3 iPS細胞

皮膚等の体細胞に遺伝子等を導入することで樹立する、様々な細胞に分化する能力を有する人工多能性幹細胞。三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)に分化できることをもってiPS細胞であることを確認します。すでにヒトでは、疾病や薬剤のスクリーニングなどへ応用が進んでいます。絶滅危惧種でも感染症や汚染物質のリスク評価に期待されていますが、我々の知る限り、絶滅危惧鳥類からのiPS細胞の樹立は報告されていません。

 

注4 新生羽軸

鳥類の羽は特定時期に生え変わります。新しく生えてきた羽の羽軸を新生羽軸と呼びます。生え変わり時期の新生羽軸は、治療や健康診断のための保定の際に、偶発的に落下することがあります。この新生羽軸の一部から体細胞を取得しました(図5)。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218543-O5-qP61w152】 図5 新生羽軸からの体細胞の取得

 

注5 転写活性を高めたOct3/4

DNAからRNAが合成される活性を転写活性と呼びます。Oct3/4は初期化に使用する代表的な遺伝子です。本研究では、MyoDという遺伝子の転写活性領域の一部の配列をOct3/4に連結し、Oct3/4の転写活性を強化しました。転写活性強化型Oct3/4を使用したため、Oct3/4の発現が亢進します。

 

注6 転写活性を強化させたOct3/4を含めた7遺伝子

本研究では、転写活性を強化したOct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc、Nanog、Lin28、Klf2の7遺伝子を使用しました。遺伝子はPiggyBacトランスポゾンベクターを使用して一括で体細胞に導入しています。

 

注7 初期化

有性生殖により子孫を増やす動物は、1細胞であった受精卵から細胞分裂を繰り返しながら、様々な細胞に分化して体を形成していきます。一度、生体内で分化した細胞を初期の状態(発生初期の受精卵に近い状態)に戻すことを初期化と呼びます。iPS細胞は、一般的に分化した細胞に、いくつかの遺伝子を導入することで初期化します。

 

注8 試験管内、生体内の両方での分化

本研究では、試験管内での三胚葉分化と、生体内におけるテラトーマ(奇形種)形成試験により、分化を実施しました。一般的に、iPS細胞の分化能力(多能性)の検証には、テラトーマ形成による三胚葉分化能力の解析、または受精卵へのiPS細胞の注入により、生体において三胚葉に分化できることの確認が必要です。

 

注9 細胞の品質

iPS細胞やES細胞は、大きく分けて2つのタイプに分類されると考えられています。一つ目は、マウスを代表とするナイーブ型。もう一つはヒトを含めた多くの動物のプライム型です。ナイーブ型の方が様々な細胞に分化できる能力が高く、プライム型幹細胞をナイーブ型に高品質化する取り組みが進められています。本研究では、ライチョウはナイーブ型に近い性質を示し、シマフクロウはプライム型に近い性質を示しました。また、ヤンバルクイナはナイーブ型とプライム型の中間の性質を示しました(図6)。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202210218543-O6-0RJc112K】 図6 樹立したヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウのiPS細胞の性質

 

注10 合計8遺伝子

転写因子の一つであるYap (Yes-associated protein)を加えた8遺伝子(転写活性強化型Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc、Nanog、Lin28、Klf2、Yap)をPiggyBacトランスポゾンベクターを使用して一括で体細胞に導入しています。

 

注11 絶滅危惧鳥類の感染症や汚染物質の高度な評価

生体を用いた実験が難しい絶滅危惧種において、生理応答解析が可能な培養細胞は感染症や汚染物質の有用な評価基盤です。特に、生体内で致死性の症状が出やすい臓器を構成する細胞(神経細胞等)や、代謝の中心の肝臓を構成する細胞、生体防御の中心の細胞(免疫細胞)等が利用できれば、高い精度で生体におけるリスク評価が試験管内で可能になります。一方で、死亡個体から取得できる体細胞は、皮膚や筋肉などの線維芽細胞に限定されます。現実的に取得可能な線維芽細胞であっても、神経や肝細胞、免疫細胞などと共通した一定の応答性が保存されているため(専門的にはユビキタスと言います)、感染症や汚染物質の感受性等の評価に利用可能です。実際に、我々のグループでは野生鳥類の線維芽細胞を用いて、保全に活用できる様々な知見を得ています。

本研究で樹立したiPS細胞を用いれば、試験管内で生体内において感染症や汚染物質による症状が出やすい神経系や、生体における代謝の中心である肝細胞などへ分化が可能です。したがって、iPS細胞から分化させた細胞を用いて、感染実験や汚染物質のばく露実験を実施することで、皮膚や筋肉由来の線維芽細胞以上に高精度な評価が実現できます(評価の高度化)。

 

8. 参考

参考1:環境省レッドリスト2020掲載種数表

https://www.env.go.jp/content/900502268.pdf

参考2:環境省保護増殖事業

https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/index.html

参考3:環境試料タイムカプセル棟

https://www.nies.go.jp/biology/aboutus/facility/capsule.html

参考4: 国立環境研究所の環境ゲノム科学研究推進事業の成果として絶滅危惧種を中心に公開された全ゲノムのドラフト配列

https://www.nies.go.jp/genome/index.html

参考5: Frozen Zooプロジェクト

https://science.sandiegozoo.org/resources/frozen-zoo®

参考6: The Frozen Ark

https://www.frozenark.org

参考7: ニワトリ体細胞からの効率的なiPS細胞の樹立(プレスリリース)

https://www.nies.go.jp/whatsnew/20170508/20170508.html

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