「技術の進化を感じられる」 北海道・積丹町に〝4つの穴〟が並ぶ理由に1.8万人感心
内陸側にずれていってる
取材に応じた小樽開発建設部次長(河川・道路担当)の佐々木博一さんは、武威トンネルの歴史について解説してくれた。
まず、一番海側にある「明治武威隧道」が開通したのは、1889(明治22)年。人が通れる最小限の大きさ、かつ手掘りのため、隧道延長を短くする目的で岬の先端側に掘られたと考えられているという。
その後、1921(大正10)年に開通したのが「大正武威隧道」だ。
「物資の輸送には馬車が使われるようになり、これまでの明治武威の大きさでは通ることができなくなった。また、波の影響も受けることがあったと思われ、これらの理由によって内陸側に掘られたと考えられます」(佐々木さん)
さらに時代は下り1965(昭和40)年。高度経済成長や、自動車社会への移行、自動車の大型化などの理由によって、「昭和武威隧道」が建設された。
そして、現行の「平成武威トンネル」が開通したのが2001年のこと。きっかけは、同じ国道229号線上にある豊浜トンネルで1996年2月に発生した崩落事故だった。
「これを契機に日本全国で道路の緊急点検が実施され、道路防災の観点から新たなトンネル建設が各地で行われました。そのひとつが平成武威トンネルです。トンネル坑口部などの安全性を考慮し、昭和武威隧道の内陸側に建設されました」(佐々木さん)
様々な理由で場所を変えてきた武威トンネル。日本という国の交通網がどのように発展してきたかを表しているかのような風景を紹介した小樽開発建設部の投稿に、X上では1万8000件以上のいいねのほか、こんな声が寄せられている。
「通った際、なんの穴だろうと思ってました!
スッキリ」
「たしかに、四つの時代のトンネルが並んでるのは面白いですね! 行ってみたいなぁ」
「土木技術の進化を感じられるスポット......!」
こうした反響について、佐々木さんは
「インフラ(特にトンネル)に注目いただきありがたいと思っています。公共事業の意義や職員の活躍・建設業の魅力を紹介することで、少しでも興味を持ってもらえればと考えています」
とコメントしている。
【道路の歴史】
— 国土交通省 北海道開発局 小樽開発建設部 (@mlit_hkd_ot) July 29, 2026
明治・大正・昭和・平成。4つの時代のトンネルが並ぶ珍しい風景をご存じですか?#積丹町 の #国道229号 武威トンネル周辺では、道路の歴史の移り変わりを感じることができます。お近くをお通りの際は、ぜひ周囲の風景にも目を向けてみてください。#土木遺産 #インフラツーリズム pic.twitter.com/04xUkBdtxX