シリーズ読者投稿~あの時、あなたに出会えなければ~投稿者:Mさん(東京都・20代女性)その日、Mさんは課題のために記事を印刷していた。ある男性のことが書かれていたという。それを見た母親が「この人、この人よ!」と言いながら涙を流しはじめ......。涙を流す母(画像はイメージ)<Mさんの体験談>ある日、私が課題をコピその日、Mさんは課題のために記事を印刷していた。ある男性のことが書かれていたという。それを見た母親が「この人、この人よ!」と言いながら涙を流しはじめ......。涙を流す母(画像はイメージ)<Mさんの体験談>ある日、私が課題をコピーしていたら、母が印刷された記事を持ってきました。「ありがとう」と言って受け取ると、母が「この人、この人よ!コートの人は!」とポロポロと泣くのです。何度も聞かされた母の過去「コートの人」と聞いて、子供の頃から何度も聞かされた母の過去を思い出しました。母は在日韓国人で、学生時代、下校中に制服を裂かれたことがあったそうです。当時は、あちこちで同じような事件が起きていましたが、まさか自分にも起きるとは思っていなかった母。制服を破られ、ひどい言葉をぶつけられ、立つこともできず......。幸いケガはありませんでしたが、恐ろしさと恥ずかしさでずっとしゃがんでいたそうです。裂かれた制服で、しゃがみ込んで立てなかった母(画像はイメージ)そんな母に学生服の男子高校生が近づいてきました。男性が近づいてきたので、周りの女性も母も身構えていたのですが、その男子高校生は着ていたコートを脱いで、「よかったら、どうぞ」と一言だけ言い、渡してくれたのだとか。母はその人からもらったコートを上に着て、無事に帰宅できたのです。コートの人は、いま...それから30年、母は今でもそのコートを大事にしまっています。そして、衣替えになると、コートを見つけては、思い出を語るのです。父も私も、「また、その話か」と思いつつも、静かに聞いています。コートの人がいなかったら、もっと悲しい思い出として残っていたと思います。もしかしたら、母の初恋だったのかもしれません。コートの裏に書いてある名前を頼りに、助けてくれた人を探そうとしたこともあったらしいのですが、結局、恥ずかしさや怒り、日本人と韓国人、身の危険など、さまざまな葛藤があって探すことを諦めていたそうです。当該コート(画像提供:Mさん)記事には、母を助けてくれた人が現在何をしているかが書かれていました。東京で母子家庭や恵まれない子供たちの支援をしているそうです。母は「やっぱり、こういう人だったんだ」と嬉しそうでした。私の課題から、母が思い出の人を見つけるなんて、タイムマシンのようだと感じています。母にとっては、それ以上だったと思います。冬の日に、あなたが母を助け、それから母はずっとあなたに感謝していました。あなたのおかげで、母は日本人を嫌いになれなかったそうです。それから、母は日本人の父と結婚して、私が生まれました。今、私は日本で暮らし、学んで、恋をしています。あなたが母を助けてくれたおかげで、今の私があります。30年前のコートの人へ、ありがとうございました。誰かに伝えたい「あの時はありがとう」、聞かせて!Jタウンネットでは読者の皆様の「『ありがとう』と伝えたいエピソード」を募集している。読者投稿フォームもしくは公式ツイッター(@jtown_net)のダイレクトメッセージ、メール(toko[a]j-town.net、[a]を@に変更)から、具体的な内容(どんな風に親切にしてもらったのか、どんなことで助かったのかなど、500文字程度~)、体験の時期・場所、あなたの住んでいる都道府県、年齢(20代、30代など大まかで結構です)、性別を明記してお送りください。秘密は厳守いたします。(※本コラムでは、プライバシー配慮などのため、いただいた体験談を編集して掲載しています。あらかじめご了承ください)