エンゼルスの「兜」作った工房「丸武」は、超楽しい「甲冑テーマパーク」でもあった 「大谷モデル」に信長、家康...その魅力を完全レポート
侍ジャパンのWBC優勝の余韻が、まだまだ残っている。大谷翔平選手が活躍する姿を見たくて、MLB(米大リーグ)エンゼルスのゲームを追いかけている人も多いだろう。そこで注目を集めたのが、「兜セレブレーション」だ。
2023年4月7日、エンゼルスの本拠地(ロサンゼルス)開幕戦で、主砲マイク・トラウト外野手が2ランホームランを放った直後、ベンチに戻ってきたトラウト選手を待ち構えていたのは、日本の兜だった。武将の兜をかぶったトラウト選手の精悍な顔が、とても印象的だった。
そして4月10日、大谷翔平選手もホームランを打ち、兜をかぶった。無邪気に笑う姿は、若武者といった清々しさを漂わせていた。その後、ホームランが出るたびに登場する兜は、今やすっかりおなじみだ。
この兜を製造したのが、鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市の「甲冑工房 丸武」だ。
いったいどんなところか? Jタウンネット記者は現地に向かった。
入場はなんと無料!その訳は?
薩摩川内市は鹿児島県北西部に位置する。2023年4月14日、川内川下流の畔、川内港近くの工業団地の中にある「甲冑工房 丸武」で、代表取締役社長の田ノ上智隆氏が出迎えてくれた。エンゼルスの兜について報じるテレビのニュース番組や新聞報道にもひんぱんに登場した、今や時の人でもある。
「実は、最近取材依頼が殺到しておりまして、いま本業が手に付かないような状態です」と、田ノ上社長は苦笑しながら、こう話してくれた。
「今回のエンゼルスの兜をとおして、日本文化の一つである兜が世界中に知れ渡ったことが嬉しいですね」
「鹿児島県内在住の方から、電話で、あの兜が鹿児島県内で作られていることをまったく知らなかった、製造元が県内であることが嬉しくて、とても誇らしく感じたとおっしゃっていただきました。私も思わず目頭が熱くなったほど、感激しました」(田ノ上社長)
「甲冑工房丸武」は1958年に釣り竿メーカー丸竹として設立。田ノ上智隆社長の祖父・ノ上忍『光忍』の趣味をもとに、鎧つくりがスタートしたという。TV・CM・映画・アニメゲームキャラクター・武者行列・博物館・文化財指定の写しやリース鎧の作成などを手がけ、日本国内外の愛好家に愛され続けている。
薩摩川内市では、1990年から「戦国村」という名の観光施設を運営していたが、2018年、「甲冑工房 丸武」本社としてリニューアルオープン。今ここには、映画や大河ドラマなどに使われた甲冑(鎧・兜)などの展示館や、その製造工程を見ることができる甲冑工房がある。他に、戦国グッズのお土産処、お食事処、コルク射的場なども......。しかも入場無料だという。入場無料にした訳を、田ノ上社長はこう語った。
「歴史や甲冑に興味のない人にも、来てもらいたいからです。とりあえず来てもらって、実際に観てもらいたい。興味を持ってもらうのは、それからでいいのです」
「子どもたちに来てもらうのも目的の一つです。子どもに見てもらうため、入場料は無料にしたわけです」(田ノ上社長)
一番人気はやっぱり、信長!
「甲冑工房 丸武」展示館の中で、今もっとも人気が高い武将の甲冑は? そう聞くと、田ノ上社長は「やはり織田信長ですね」と即答。織田信長に加えて、豊臣秀吉、徳川家康という三英傑の甲冑は、やはり人気最上位だそうだ。
展示館はモダンな博物館のようなデザインだ。入口には「撮影、SNSもOK」というステッカーが貼ってあった。なんともオープンなミュージアムである。
展示館の中には、戦国武将たちの甲冑がずらりと並んでいる。その傍らに、それぞれのプロフィールも掲示されていた。例えば人気ナンバーワン織田信長の場合は、次のように......。
「尾張国清洲織田家の重臣・織田信秀の三男。幼名・吉法師。若い頃の風変わりな姿から、『大うつけ』と呼ばれた。美濃の斎藤道三の娘を娶り、父信秀の死後、家督を継いで尾張を統一する。(後略)」
この後、天下統一を目指して活躍しながらも、突然、本能寺の変で、49歳の生涯を閉じる経緯が、簡潔に紹介されている。楽市楽座で商業を奨励したことや、鉄砲を大量に配備した強力部隊を組織編成したことにも触れられている。
プロフィール掲示板上部には、価格も表示されていた。「¥5,000,000(税抜)」と......。
織田信長の南蛮風の甲冑も展示されており、ひときわ輝いて見えた。
甲冑揃い踏み どうする?
織田信長に次いで人気の高い、豊臣秀吉、徳川家康の甲冑も複数展示されており、それぞれの違いも、興味深い。秀吉の甲冑は、なんとも奇抜で派手、自己主張の強さが表れたデザインである。
それにひきかえ徳川家康の甲冑は、地味と言えば地味だが、風格があり、いかにも質実剛健に見える。本多忠勝、榊原康政、井伊直政といった徳川家の名だたる重臣たちの甲冑も控えているところが、なんともニクい。NHK大河ドラマ『どうする家康』を見続けている人たちは(筆者も同様だが......)、興味津々だろう。
もちろん他の戦国時代の武将たち――武田信玄、上杉謙信、浅井長政、大谷吉継、明智光秀、石田三成、前田利家、黒田官兵衛、真田幸村などの甲冑も並んでいる。好きな武将の甲冑を見つけて、それぞれのプロフィールを読んでいるだけでも、歴史好きな人々にはたまらないはずだ。
また、黒田官兵衛・長政と他に、地元・薩摩の島津義弘、豊後の大友宗麟、柳川の立花宗茂といった九州の武将たちの甲冑も展示されている。
歴史にあまり詳しくない人でも、ひと目兜を見ただけで、「ひょっとしたら?」と分かるのが、伊達政宗の甲冑かもしれない。前立てに、大きな三日月を飾った特徴ある兜は、東北、とくに宮城県の人にはお馴染みだろう。
そしてもう一つ、忘れてはいけないのが、前立てに「愛」という漢字がデザインされた、直江兼続の甲冑。
米沢藩(上杉景勝)の家老として、戦国時代・江戸時代前期を生き抜いた名将だ。2009年のNHK大河ドラマ「天地人」では、妻夫木聡さんが演じたことを覚えている人もいるかもしれない。
しかし今、「なおエ」といえば、SNSで「大谷選手は活躍しました。なおエンゼルスはその後逆転され敗れました」という常套句が、あまりにも有名だ。エンゼルスの兜セレブレーションには、むしろこの「なおエ」モデルの方がふさわしい、という声が起こらないことを、切に祈るばかりだ(いや、今シーズンこそはきっと大丈夫だろう!?)。
甲冑(鎧・兜)の製造工程を見学できる
「甲冑工房 丸武」展示館で素晴らしい甲冑を堪能した後は、工房の見学をぜひおすすめしたい。工房の中で、甲冑(鎧・兜)の製造工程を見ることができるのだ(ただし、こちらはストロボ撮影禁止)。
工房の中は、伝統工芸の作業場かとは思えないほど、現代的な工場に見えるデザインだった。作業工程ごとに、部屋が別れており、それぞれ案内パネルが設置されていた(しかも英語、中国語、韓国語併記である)。
「脛・兜部屋」「縅(おどし)部屋」「造形部屋」「箔部屋」「焼付乾燥炉・粉体塗装部屋」......など、様々な部屋があり、それぞれで作業工程を見学できる。Jタウンネット記者が訪れたときは、社員の皆さんはとても忙しそうだった。
エンゼルス・大谷効果のためか、問い合わせが殺到しており、注文がどんどん増えていると、田ノ上社長は語る。受注生産のため、その後、数カ月、場合によっては1年近くの作業を経て、完成するという。多忙そうな工房風景はとうぶん続きそうだ。
展示場と工房を見学した後、おみやげ処に立ち寄ってみた。小さなテーマパーク施設として、グッズショップは重要だ。何かおもしろいものはないか、と探していると、「武将鎧Tシャツ」が目に止まる。「甲冑工房 丸武」オリジナルのTシャツで、外国人観光客にはなかなかの人気。ここでも織田信長南蛮鎧がナンバーワンらしい。
ホンモノの甲冑は重すぎて(そして、高すぎて)......という方、こちらはいかがだろうか?
「おー、これ、大谷さんの兜!」
さて、4月29日。エンゼルスで使われている兜と同タイプの兜が、「甲冑工房 丸武」内に展示されたと聞き、Jタウンネット記者は改めて、薩摩川内市の「甲冑工房 丸武」を訪れ、実際に観てきた。
その兜は、「戦国武将展示館」の入り口正面で燦然と輝いていた。「おー、これ、大谷さんの兜!」という歓声が聞こえてきた。スマホで写真を撮る人が、次々に列をつくる。ここは撮影OKなのだ。傍らにスポーツ紙(4月11日版)が飾られており、大谷選手が初兜」をかぶった写真がトップで報じられたものだった。
至近距離で兜を見ると、その精緻な工芸技術に圧倒される。後ろに回って、背面から観察すると、18枚の鉄板が組み合わされた様子が観察できる。田ノ上社長は、「重さは約2キロ」と言っていたが、野球帽に比べれば、さすがに重そう......。この兜を、大谷選手やトラウト選手がかぶっているのだ。
米国MLBでは「Samurai Helmet」と呼ばれ、人気はますます高まっているようだ。他球団のセレブレーションと比べても、格別にカッコいいと思うのは、贔屓目だろうか。
大谷さんの兜と戦国武将の甲冑にどっぷり浸る休日も、アリかもしれない。入場者はまだそれほど多くないが、GWや夏休み期間中は観光客が増え、混雑することも予想される。大谷選手ファン、歴史好きなど、じっくり時間をかけて見学したい人は、なるべく早めに行く方がいいかもしれない。