「父の死後、初めて訪れた彼の『行きつけの喫茶店』。生前の様子を聞くと、私が恐れていた通り...」(大阪府・50代女性)
シリーズ読者投稿~忘れられない「あの人」と~ 投稿者:Yさん(大阪府・50代女性)
Yさんの父親には、行きつけの喫茶店があった。
その店に行くことは彼にとって習慣になっていたようで、認知症が進行しても、気づけばその店に向かっていたという。
もしかしたら、迷惑をかけているかもしれない。Yさんはそう考えていたが、確認するのが恐ろしく、父親が亡くなるまで店を訪れることが出来なかった。
<Yさんの体験談>
9年前、父が82歳で亡くなりました。認知症が進み徘徊がひどくなり、夜中に事故に遭い、そのまま回復しませんでした。
父は若い頃から喫茶店へコーヒーを飲みに行くのが好きで、認知症になる前からよく通っているお店が、和歌山の実家の近くにありました。1人で行ったり友達と行ったりしていたようです。
目を離した隙に出かけ、帰ってくるときには...
認知症になってもそのルーティンが変わることはなく、目を離した隙に出かけていることがありました。帰ってきた時に失禁をしていることもありました。
本人はオムツを嫌がって付けなかったので、もしかしてお店に迷惑をかけているのでは......と思いながらも、気持ちに余裕がなく、少し怖くもあり、お店に直接確かめることができませんでした。
病院で父が亡くなって少し落ち着いた頃、やはりずっと気になっていたのでそのお店に初めて伺いました。
するとマスターが、「ああ、あの方ね」と少し困ったような、でもにこやかな顔で対応してくれました。
父は、何度もお店の椅子を汚していたようでした。
見るとお店の椅子は昔のスナックにあるような赤いビロードのスツールに背もたれが付いたような形。失禁なんかしたら掃除に本当に困りそうなものでした。
何度か粗相をしてしまったので、困った末、途中からはビニールを被せた椅子に誘導してくれたそうです。
私は申し訳なさでいっぱいになりました。マスターは一言も責めるようなことを言わず、笑いながら「昔からずっと来てくれてたんやし」と......。
拒否することも出来たのに
最後まで拒絶せずに父を迎え入れてくれて本当に、本当に、本当にありがとうございました。
調べようと思えばうちの連絡先はわかったはずです。もう来ないでと拒否したり、汚した椅子を弁償するように言ったりすることも出来たでしょう。
本当に感謝しかないです。今でも涙が出ます。
これを書いている今日は、父の命日です。今、そのお店でコーヒーをいただいています。
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