広島でなら、挑戦できる コロナ禍の課題解決へ...「アイデアの卵」大集結の舞台裏
広島は、チャレンジングな場所だ――。
実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」を2018年にスタートさせて以来、そんな印象が日増しに強まっている。この3年の間、いくつもの派生プロジェクトを立ち上げ、意欲的な企業が挑戦できる「場」を常に用意し続けてきたからだ。
なかでも、コロナ禍における課題解決をテーマとした「D-EGGS PROJECT(D-EGGSプロジェクト)」は、スタートアップ企業を中心に熱視線を注がれていた。
これは、ニューノーマル時代の「常識を再定義」する事業アイデア=卵(Egg)を募集し、広島県内をフィールドにした実証実験を経て、孵化させ、羽ばたいてもらおうという試み。呼びかけに対して、想定を超える応募があり、大反響を呼んだ。
さらに驚くのは、「成果発表」イベントだ。
実証実験に挑戦した30アイデアを「すべて紹介する!」という壮大な意気込みのもと、2日間にわたる動画コンテンツ(YouTube番組)「D-EGGS LIVE TV」を制作し、ライブ配信を敢行! 地元タレントが広島県内を駆け巡り、大いに盛り上げた。
まさに「お祭り騒ぎ」だった一連の仕掛けのねらいについて、キーマンとなった広島県のイノベーション推進チームに話を聞いた。
いろんな人を巻き込め! パブリック評価もやっちゃえ!
「2020年秋に立ち上げたD-EGGSプロジェクトの背景には、新型コロナウイルスの影響があります。行政として経済活性へのテコ入れは課題で、そのなかでもコロナ禍を逆手に取った対策ができないか、と考えていました」
こう切り出したのは、広島県 商工労働局 イノベーション推進チーム 地域産業デジタル化推進担当課長の金田典子さんだ。
そこで掲げたテーマが「コロナ禍における課題解決」。新型コロナの影響下では、たとえばリモートワークの導入で働き方が変化するなど、新しい生活様式が生まれてきたことに着目した。
「それにともない、新しい価値観、新しい幸福感につながるアイデアを募集したのです。ただ、呼びかけた当初、先行きが不透明でしたから、対象となってくるスタートアップ企業さんは、新たな投資や事業展開に踏み切れない状況もありそうでした。参加者が集まるのか、気がかりでしたね」(金田さん)
そんな心配をよそに、ふたを開けると、スタートアップ企業を中心に400件近い応募が殺到。まずは1次選考で100件に絞り込み、次いで2次選考で本採用となる30件を選定した。
選定では、ベンチャーキャピタルのサムライインキュベート(本社:東京都港区、今回の事務局を担当)も協力した。起業家やスタートアップに出資・成長支援を行うプロの視点で、技術やアイデアの新規性・革新性、事業としての成長性などを考慮。また、金田さんたちイノベーション推進チームは、地域の課題解決につながるかに注目した。
ここでユニークなのは、1次選考の通過者は、プロジェクト計画やソリューション(製品・サービス)をプレゼンする動画を制作し、D-EGGSプロジェクトの公式サイト内で公開したことだ。一般の人からの「パブリック評価」も受け付け、「いいね!」をつけられる仕様に。その結果も、2次選考に役立てたという。
「やるからには、ワイワイとしたお祭り企画にしたい、という思いがありました。そんな刺激し合う雰囲気が、イノベーションを生む土壌になる、と私たちは考えているからです。 それを踏まえて、アイデアが具現化したときの利用者(エンドユーザー)も巻き込みたい、と参加型の仕掛けを導入。こうして2021年春、実証実験に挑戦していただく30アイデア(30団体)が決定し、半年におよぶ期間中は広島県内の市町なども協力しました」(金田さん)
イノベーション推進チームが目論んだ「人を巻き込む仕掛け」は、このあとも続く――。それが2021年秋、「24時間テレビ」さながらの疾走感で駆け抜けた、実証実験の「成果発表」イベントだ。
「ひろしまサンドボックス」のYouTubeチャンネルでライブ配信されたその番組「D-EGGS LIVE TV」が、どんな「お祭り騒ぎ」だったのか、見ていこう。
サンドボックス賞に輝いた「あしらせ」が秘める可能性とは?
「どうニューノーマルを過ごしていくのか――これがいま、必要不可欠な課題になっていると思います。そこで(今回)、デジタル技術を活用した、ニューノーマル時代のさまざまな課題解決の案を募集しました」
「これらのアイデアが実際に社会でどう生かされるか。半年間の実証を経て、常識を再定義するようなソリューションか、見ていただければと思います」
これは、番組の開始直後の、広島県知事・湯崎英彦さんの言葉だ。
そして、ソリューションの伝え手として抜擢されたのが、地元タレントの中島尚樹さんと井上恵津子さん。2人がレポーターとなって、30アイデアのうち17件について、県内の実証地に足を運び、ときには実際に体験してみる「体当たり」で伝えてくれた。
残りの13件も、事前収録したVTRや関係者のリモート出演、サムライインキュベート社員による解説を通じて、アイデアの背景や経過、今後の展開を取り上げ、D-EGGSプロジェクトの成果すべてを紹介しきったのだった。
この企画は、イノベーション推進チームの強い思いのもと実施された。金田さんが説明する。
「どうしても実現させたかったのが『30アイデアすべて伝えたい!』ということ。どんな優れた技術を持ち、どんな社会課題の解決になるか。また、どんな思いを持った人が取り組んだのか......そのストーリーも盛り込みたかったのです。
でも、一つひとつ丁寧に取り上げると全体が長くなり、短くすると伝わらなくなってしまう......。それらを一挙に解消できる手段が、オンライン配信でした。
日本テレビの『24時間テレビ』さながら、みなさんの頑張りをリアルに伝えられたのではないでしょうか。
アーカイブとして残るので、好きな時間に見てもらえるのもメリットです。たんなる発表会ではなく、『作品を残せた』という手ごたえもあります」(金田さん)
番組ラストでは、「広島県知事賞」「サンドボックス賞」「サムライインキュベート賞」が発表された(※「広島県知事賞」「サムライインキュベート賞」の紹介は最下部)。
このうち、イノベーション推進チームが選ぶ「サンドボックス賞」に輝いたのが、視覚障がい者向け歩行ナビゲーションシステム「あしらせ」を手掛けた企業「Ashirase」(栃木県宇都宮市)だ。
代表の千野歩さんは、元ホンダのエンジニア。ホンダの新事業創出プログラムから出発し、D-EGGSプロジェクトもきっかけとなって、本格的な起業に至ったという。
プロダクトの「あしらせ」は、靴に取り付けたデバイス(の複数センサー)とスマホアプリを活用したものだ。足への振動によって、視覚障がい者の単独歩行をサポートする。
番組で中島さんも実際に装着し、音声によって設定したゴール地へ向かった。実証実験に参加した視覚障がいのある方の、こんな話も印象的だった。
「(日頃は)いろんなことに気を配って歩いています。道を間違えたらどうしよう、といこともあります。そうすると、風をきって歩けないんです。背筋伸ばして、顔をあげて、ということが。(しかし)ひとつ『あしらせ』に頼ることで、風をきって、空気を感じて、歩けます」
アイデアの卵は、粘り強くやってこそ孵化する
「あしらせ」の場合、実証実験で視聴覚障がいのある方の協力も得ることで、プロダクトの完成度を高めていった(なお、現在も商品開発が続いている)。
だが、これには裏話があって、当初はなかなか協力者が見つからなかったのだ......。
そこで、相談を受けたイノベーション推進チームの平河直也さんが、特別支援学校への仲介を担うなど協力した。実証実験中も縁あって、平河さんが同行する機会があった。同社の地道な取り組み方には驚いたという。
「実証実験では、計30人の協力者に対して、一人ひとりに事前インタビュー→歩行実証→事後インタビューの流れでおこなっていました。
歩行実証は街中を約1時間かけて一緒に歩きながら、デバイスの反応をこまめに聞き取る。それから、歩行実証前後のインタビューは、合計2時間。ふだんの困り事やデバイスの細かな使用感について、聞き上手な代表の千野さんはひたすら熱心に耳を傾けていた。そこが印象的でした」(平河さん)
そんな地道な取り組み方が、「サンドボックス賞」にもつながった。それはまさに「ひろしまサンドボックス」のコンセプト――失敗を繰り返しながら、よりよいもの、イノベーションを生み出していく姿勢にほかならない。
「ユーザーに使用感を聞く。それを研究開発にフィードバックする。その繰り返しで完成度を高めている。先端技術を扱っているのに、やっていることはけっこう泥臭い。一連の実証実験は大変なはずなのに、代表の千野さんは明るく熱心だったと聞きました。
少し話はそれますが、今回、呉高専の学生が一人、インターンとしてプロジェクトに参加してくれました。その子は千野さんの人柄に触れ、そうとう影響を受けたのだそうです。
そんなふうに、県内の若い子が実体験を通じて、『自分もそうなりたい』『起業してみたい』というマインドが育つきっかけになったとしたら、それも広島県にとっての財産になったのかなと思います」(金田さん)
もちろんそれだけでなく、革新的な「あしらせ」の技術、今後の応用の可能性にも期待を寄せている。
「これからの商品・サービス開発では、ユーザーが接するUI(ユーザーインターフェイス)/UX(ユーザーエクスペリエンス)がカギだと言われています。
ふだん人は、目や耳などから情報を得ていますが、このプロダクトが着目した『足』で直観的に情報をキャッチできることは、新しいインターフェイスのひとつになる可能性を秘めています。
ですので、今回は視覚障がいのある方向けの提案でしたが、考え方によっては違う活用の仕方もありそうでワクワクしています」(金田さん)
D-EGGSプロジェクト全体の成果としては、30のうち15はテストマーケティングも含めた、サービスインが実現するうれしい状況となった。また、実証実験の成果を携えて、さらなるスケールアップを目指したいという声も届いている。
それだけに、今後に向けて金田さんたち行政側も、これまで以上に「場」を整えたい考えだ。
「現在、現行制度の問題などから、実証実験がかなわないケースがあります。そこで、行政でできるところはクリアして、より自由に次のステップに進めたり、これまでできなかったことを試したりできるフィールドを提供したいと考えています。
そうすることで、ユニークな技術や知見、マインドを持つ県外企業と、県内企業によるシナジーの発揮にも期待してます。広島発のスタートアップ企業が続々と生まれる、そんな土壌を築きたいですね」(金田さん)
広島がチャレンジングな場所であるために――。お祭りを盛り上げようと、足場の確かな「やぐら」を組み上げる人たちもまた、広島を支える活力となっている。
(※)なお、「広島県知事賞」と「サムライインキュベート賞」の受賞者は以下の通り。
●広島県知事賞:エイトノット(本社:大阪府堺市)
広島県大崎上島町で、自律航行小型EV船(電気推進船)による「日用品のオンデマンド搬送と不用品の搬出」の実証実験をおこなった。EVロボティックボートの開発、オンデマンド型水上交通システムの開発を手掛けるスタートアップ。
湯崎英彦広島県知事のコメント(番組での発言を要約)「実証実験が始まる直前に会社をつくるとともに、ここまでもってきたスピード感に驚きました。市長、町民の皆さん、そして商船高専の関係者を巻き込んで、みんなでソリューションをつくったところがすばらしい。(実証実験では、大崎上島から隣島の生野島へ自律航行船を運航させて、商品を運搬したが)、本来、フェリーでの行き来はけっこう大変。自動的に日用品を送ってくれたら、暮らしやすくなると思う。(今回の実証実験で)住民のみなさんにも利便性を感じていただけたのでは」
●サムライインキュベート賞:Yper(本社:東京都渋谷区)
自動配送ロボットを活用して、離れた場所に設置したボックス間配送の完全自動化の実現を目指す実証実験をおこなった。自動配送ロボットによる無人の物流インフラの構築を手掛けるスタートアップ。
サムライインキュベート代表取締役 榊原健太郎さんのコメント(番組での発言を要約)「(受賞の)理由はたくさんありますが、実証地だった北広島町の関係者もDX(デジタルトランスフォーメーション)に向けて熱意を持って取り組んでいた。Yperさんのような日本の中でもいちばんハードルの高い事業への挑戦に対し、町民の理解も得て進めていたところ。また、北広島町だけでなく、ここでの取り組みが日本全国のためになればいい、というマインドがすばらしかった。Yperさんだけでなく、北広島町みなさんの賞です!」
<企画編集・Jタウンネット>