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足元から始まる「スマート農業」 広島のこまつな畑で「自動搬送ロボット」が走った日

Jタウンネット編集部

Jタウンネット編集部

2021.10.08 15:00
提供元:広島県

広島県の北西部に位置する、豊かな自然に恵まれた安芸太田町。やまあいのひらけた土地には、ほうれんそう・こまつなを栽培するハウス農場が点在する。

そのうち2つの農場ではいま、最先端のロボット技術やAI/IoT技術を活用した農業――「スマート農業」の実証実験が進んでいる。

テーマは、稼げる農業。

なかでも、目を引くのは、キャタピラが付いた「自動搬送ロボット」だ。人に伴走しながら、病害虫の防除や収穫などを手助けできるかどうか、動作確認なども含め、試行錯誤を続けている。

生産者が農業の現場で、本当に必要とするソリューション(解決策)を提供したい――。そう願って、派手さはないけれど、地道な取り組みで、広島県の農業を変えようとする挑戦者たちに迫る!

既存のスマート農業「実証実験」は、現場の要望に応えきれていない?

広島市中心部から、車を走らせること、およそ1時間。実証実験の舞台となる農場がある。農業の区分では、平野の外縁部から山間地にかかる「中山間地域」と呼ばれる場所だ。

「実証実験がおこなわれる中山間地域は、山に囲まれていて、傾斜地も多く、農作物を栽培できる土壌が狭いところです。置かれている条件が、広大な平地での大規模な農業とは異なります。そのため、地域の特性にあわせた、広島県らしい『スマート農業』の導入が欠かせませんでした」

こう話すのは、今回のひろしま型スマート農業プロジェクト「ひろしま seed box」(※)の仕掛人、広島県・農林水産局農業経営発展課、主査の児玉浩さんだ。

児玉さん。「狭い土壌でも利用できるスマート農業技術への期待は大きいです」
児玉さん。「狭い土壌でも利用できるスマート農業技術への期待は大きいです」
(※)「ひろしま seed box」は21年4月に始動した実証実験プロジェクト。広島県のAI/IoTプラットフォーム事業「ひろしまサンドボックス」の一環として、農業分野におけるデジタルトランスフォーメーション(デジタル技術を活用した社会変革)をめざす。

「ひろしま seed box」では今年度、3つのテーマに挑戦している。

「そのうちのひとつが、『ほうれんそう・こまつなの栽培から販売までの効率的なシステム構築』。ようするに、稼げる農業の実現です。
このテーマでは、公募を経て決まった三栄産業を中心とするコンソーシアムと、安芸太田町の若手農家が連携しています」(広島県庁・児玉さん)
主な課題とコンソーシアム各社・大学の役割
主な課題とコンソーシアム各社・大学の役割

代表企業をつとめるのは三栄産業。代表取締役の米山真和さん、実務を担当するプロジェクトマネージャーの沖川淳さんは、ともに熱い思いの持ち主だ。とくに米山さんには

「スマート農業の実証実験は全国でも盛んですが、本当に生産者さんが困っていることに応えきれていないのでは」

という思いがあって、広島県の公募に手を挙げた。そして、コンソーシアムを組む会社探しは、ひろしまseed boxのマッチングプラットフォームを使って,地道に電話やオンラインの打ち合わせで思いを伝え、参加を呼びかけたという。

「なんというか、地べたをはいまわるところに、現場で本当に解決が求められている課題があるのではないか、と。この考えに共感してくださったのが、コンソーシアムのメンバーです。
7月下旬、関係者が顔をあわせ、いよいよプロジェクトが始まりました」(三栄産業・米山さん)
沖川さん(左)と米山さん/沖川さん「今回の企画は、私が数年前、広島市内の経営専門職大学院でおこなった『プロジェクト研究』にベースがあります」
沖川さん(左)と米山さん/沖川さん「今回の企画は、私が数年前、広島市内の経営専門職大学院でおこなった『プロジェクト研究』にベースがあります」

プロジェクトをリードした企画発案者の沖川さんは「すばらしいチームが組めた」と実証実験の成功を誓う――。

「今回の全体像としては、農業経営上の予測が立てやすくなる、AIを活用したソフトウェアを取り入れます。このうち一部のシステムは、環境制御(ハウス内の温度、湿度、CO2濃度などの制御)の機器とも連携させたい。
さらに、自動搬送ロボットも活用し、キツイ農作業をラクにする『部分最適』を取り入れつつ、農業経営の『全体最適』を通じて、稼げる農業をめざしたい、と考えています」(三栄産業・沖川さん)

そんな2人の思いに応じた企業のひとつが、輸送用機械や地上走行ロボットを手掛けるCuboRex(キューボレックス)だった。

「こんなに簡単に組み立てられちゃうんですね!」

8月某日のこまつな農場――。

病害虫の防除や収穫の省力化の実証実験で利用する、CuboRexの自動搬送ロボット(クローラロボット)の試走があると聞いて、記者も同行した。今回は、同社の電動クローラユニット「CuGo(キューゴー)」を活用するという。

現地に行って、驚いた!

てっきり完成品が持ち込まれるのかと思っていたら、とかれた荷からあらわれたのは、キャタピラ(クローラ)、アルミフレームの外装、動力源などのパーツ。まずは、ロボットの組み立てから始まったのだ!

CuGoは、レゴブロックのように組み立て可能な構造を持つ。その特長を生かして、どんな場所で使うか、なんのために使うのか――現場の実情によってカスタマイズすることができる。

クローラロボットを組み立て中
クローラロボットを組み立て中

クローラロボットはなんと20分くらいで完成。

「こんなに簡単に組み立てられちゃうんですね!」

初めて実物を目にした関係者からは、そんな声も飛び交っていた。

クローラロボットが完成!
クローラロボットが完成!
「今回はたとえば収穫時、キャタピラの上部で組んだアルミフレームの上にコンテナ(かご)を載せ、ここに人手で収穫したこまつなを入れていく使い方を想定しています。
このとき、センサーで人の動きを感知させ、自動で人に追尾させるようにしておく。すると、作業者に伴走していくので、いちいち人がコンテナを動かす必要がない、というわけです。また、自走させれば、防除剤の散布などにも活用できるでしょう」(CuboRex・寺澤さん)

一足先に来て、熱心に作業に努めていたCuboRexのエンジニア・寺澤元則さんが、少し手を止めて、こんな話をしてくれた。

それから彼は、クローラロボットの試走へ。実際に走らせながら、畑の畦(あぜ)や畝(うね)の幅や高さを確かめて、パーツの設置位置の調整を検討していた。

寺澤さん(左)。この日の試走はコントローラーでの遠隔操作。「今後、組み立ての一部を簡素化するカスタマイズがあるかもしれません」
寺澤さん(左)。この日の試走はコントローラーでの遠隔操作。「今後、組み立ての一部を簡素化するカスタマイズがあるかもしれません」

そんな様子を記者が見ていると、このクローラロボットの生みの親、CuboRex代表取締役でエンジニアの寺嶋瑞仁さんが顔をのぞかせ、

「作業者に伴走する――こうしたちょっとした工夫が、スペースが限られたハウス内での農作業をラクにすると思いませんか?」

と話しかけてくれた。

寺嶋さんによると、試走させているクローラロボットには、まだ改良の余地があるという。現時点では、事前に聞いていた課題をもとに、基本的なパーツで組み上げた「初号機」に過ぎない、と。

今後、現場の状況や課題を見極めてから、必要な機能を付け加え、完成度を高めたクローラロボットとして仕上げていく。たとえば、この日は手元のコントローラーによる遠隔操作だったが、センサーを付けて自動化/自走化させる構想だ。

試走中のクローラロボット。不整地に強い
試走中のクローラロボット。不整地に強い
「私たちのかかわるパートは、10月から実証実験を開始します。それにあわせて、広島にも仮拠点を置き、できるだけ農場に足を運びたいと思います。
そのときはぜひ、実際の農作業を見せてほしいし、できれば自分でもやってみたい。実体験がないと、現場で本当に解決すべき課題は何か、わからないからです。まあ私自身、手や足を動かすことが好きだ、ということもありますけれど(笑)」(CuboRex・寺嶋さん)

それぞれに異なる現場の実態や課題にあわせ、カスタマイズできる製品を提供する――。最高戦略責任者・羽田成宏さんは「こうした、ハードウェアなのに柔軟に対応するモノづくりは、寺嶋が大事にする考え方であり、CuboRexのスタイル」だと語る。

生産者の渡部さん(右)と話す、羽田さん(左)と寺嶋さん(中央)。寺嶋さんは、災害現場で活躍する探査機の研究経験も
生産者の渡部さん(右)と話す、羽田さん(左)と寺嶋さん(中央)。寺嶋さんは、災害現場で活躍する探査機の研究経験も
「実証実験でのねらいも、必ずしも農業の自動化だけをめざしたいのではなくて、農業の現場の困りごとに貢献したい、という思いが強いですね。だからこそ、現場をよく知りたい。こういう考えは、声をかけてくださった三栄産業の米山さん、沖川さんの姿勢にも通じるところでした」(CuboRex・羽田さん)

生産者からの期待も大きい。実証実験に協力する生産者の渡部正秀さんは、次のように話してくれた。

「少しでも農作業を省力化できると、空いた時間でほかの農作物に力を注げるようになるなど、メリットは大きいですね。それと、重いものを持つことが多い農作業はどうしても身体が痛みます。当然、ラクにできることにこしたとはないですよ」(渡部さん)

スマート農業、若手農家に取り入れてほしい!

今回の実証実験は、3年計画で進めている。

CuboRexが担当する実証実験は、1年目でクローラロボットの動作を、2年目でさらなる使いやすさや耐久性などを、それぞれ段階を踏んで検証していく。

羽田さん(中央)「代表の寺嶋は、現場での実体験から要件をまとめ、設計にも落とし込めるエンジニアです」
羽田さん(中央)「代表の寺嶋は、現場での実体験から要件をまとめ、設計にも落とし込めるエンジニアです」
「そして3年目は、ほかの農場や地域への横展開も視野に入れ、収益化の面を検討したいと考えています。
ビジネスとしては、クローラロボットによる自動化の何がメリットなのか、どういう価値を提供するのか、明確にうたえることが必要です。 ここは、サービスの提供の仕方(買い切り、レンタル、シェアリングなど)にもかかわることので、詰めていきたいところです」(CuboRex・羽田さん)

稼げる農業をめざして――。広島県庁の児玉さんは

「生産者の高齢化や、人口減にともなう農業労働力の確保の観点からも、実証実験を成功させて『稼げる農業』への道筋をつけてほしい」

と期待を寄せていた。

「いま、安芸太田市や隣接する広島市などでも、ほうれんそう・こまつなを栽培する若手農家たちが活躍しています。
生産性の高い経営モデルが確立できれば、彼らもきっと取り入れたいと考えるはずです。
彼らの生産性が高まれば、農業経営の規模拡大や、雇用増加を生み出す好循環につながっていくでしょう。
それがひいては、広島県へのUターン・Iターン就職への呼び水となって、広島県の活力になる――そんな理想も描いています」(広島県庁・児玉さん)
実証実験に関わる皆さん
実証実験に関わる皆さん

スマート農業と聞くと、大掛かりな取り組みばかりが注目を集めやすいところがある。だが、足元にこそ目を向けて、生産者が望むたしかな貢献を続けていくスタイルもまた、農業分野のデジタルトランスフォーメーションに弾みをつけていく。

<企画編集・Jタウンネット>

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