「水と米とくれば、お酒でしょ」 酒米栽培、新天地での酒造り...初挑戦づくしの「東川の日本酒」ができるまで
北海道・東川町が誇る、「水」と「米」。これらを活かして作る「日本酒」はきっとうまいに違いない――
そんな東川町民の悲願ともいえる酒蔵が、2020年11月に誕生した。
建物は町が建設し、運営は岐阜県中津川市から移転した、創業140年余りの老舗「三千櫻(みちざくら)酒造」に委託。全国では珍しい公設民営型酒蔵で、道内外から注目を集めている。
三千櫻酒造の今後の活躍に期待を込め、JAひがしかわは5軒の酒米生産者で受け入れ態勢を整えた。農協として酒米づくりに取り組むのは初の試みで、どのような米ができるかわからない中での挑戦となった。
Jタウンネットは21年2月18日、三千櫻酒造の山田耕司社長と妻の和枝さん、酒米生産者で、JAひがしかわ理事の牧清隆さんを取材。それぞれの酒蔵に対する想いを聞いた。
山田社長「まだまだ満足はできません」
三千櫻酒造が移転を決めた主な要因は、中津川にあった蔵の老朽化と、地球温暖化による影響。
蒸した酒米を冷却する作業が近年の暖冬で難しくなり、山田社長は東川町が行っていた公設民営酒造の公募に名乗りを上げた。
「心配事も多くありましたが、三千櫻ブランドの継続のため、東川町への移転を決断しました」と山田社長。社長と和枝さん、そして3人の蔵人(くらびと=日本酒造りに従事する人)全員が、慣れ親しんだ中津川の土地を離れて、20年10月に東川に移転した。
移転が決まった時の心境を、和枝さんは次のように語る。
「私は岐阜に13年ほど住んでおり、人とのつながりがやっと構築されてきたところだったので、寂しさがありました。 東川町のことは知れば知るほどワクワクしましたが、複雑な気持ちですよね。仲良くしてもらった方たちに後ろ髪をひかれるような思いでした」(和枝さん)
醸造作業は20年11月から開始。東川町で作りはじめた日本酒は、東川町産の酒米「彗星」「きたしずく」などを使用している。
きたしずくは以前から使用しているが、三千櫻酒造が彗星を使用するのは今回が初めてだ。
東川で作ったお酒の味に関しては、「中津川仕込みの酒と比べて、味がクリアですね。透明感が増した感じがします」と評価する山田社長。初めて飲んだ時の心境を聞くと、
「とりあえずホッとしました。一般消費者や販売店向けには十分合格点が出せるなと。 ですが、まだまだ満足はできません。それより先の世界がやっぱりあって、これはもっとこうした方が上がるよねっていうのはたくさんありますね」(山田社長)
彗星は一般的に「味が出にくい米」とされているそうで、山田社長は「麹の作り方を調整し、もう少し味の幅を持たせたいと思います」と話した。
東川町産の酒米「彗星」「きたしずく」を使った、三千櫻酒造の日本酒はどのような味なのか。編集部でも飲んでみたので、感想はのちほどお伝えしよう。
新しくできた酒蔵には、札幌や苫小牧など遠方から足を運ぶ人も。併設されたショップには小窓があり、そこから酒造りの様子を見学することもできる。
三千櫻酒造では東川出身の社員が一人増えるなど新たな出会いもあった。
「最近だと文房具屋さんと仲良くなって、おかみさんに頑張ってねと背中をなでられると涙がにじみます。地元の人にそういうことを言われると嬉しいですね。
東川の人は私たちが来るのを受け入れてくれて、本当に頑張らなくちゃな、というのを感じて励みになってます」(和枝さん)
三千櫻酒造の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
酒米の収穫時に予想外のことが...
一方、JAひがしかわは、農協として初めて酒米づくりに着手することを20年2月頃に決定。初めての試みということもあって、酒米生産者5軒が彗星・きたしずくの栽培を手掛けることになった。
彗星を育てた牧さんは、酒米づくりの話が農協に来た時の心境を「どんなものができるかもわからないし、栽培の仕方や環境もわからないというのが正直なところでした」と振り返る。
酒米栽培には主食用米「ななつぼし」を植えていた水田の一部を利用。
マニュアルや実際に栽培を行う友人の話を参考にしながら進行したが、収穫の際に予想外のことが起こったという。
「私は『彗星』と2品種の主食用米を栽培しており、収穫は生育期間を考えて『ゆめぴりか→ななつぼし→彗星』の順番で計画していました。
しかし、『ゆめぴりか』の収穫後、『彗星』の生育が『ななつぼし』より進んでいることがわかり、急遽刈り取りました」(牧さん)
収穫タイミングが遅れると、主食用米も酒米も色がくすむことがある。そうなってしまった場合、酒米に関しては「お酒に雑味が出る」といった影響があるため、収穫の順番を変更しなければならなかった。
また、収穫後にモミを乾燥させる場面では、酒米用の時間調整が必要になった。
「収穫後は乾燥機に入れて米を乾かし、主食用米だと8時間~半日ほどで仕上がります。しかし酒米は同じように乾燥すると、米がモミの中で割れる『胴割れ』という現象が起こることがあります。
そのため酒米の乾燥はゆっくり時間をかけ、丸1日ほどかけて仕上げました」(牧さん)
胴割れは主食用米に比べて酒米の方が起きやすい。
モミの中だけに限らず、米にスジが入って精米の際に割れるケースもある。芯の部分が割れてしまった米は醸造に使えなくなるため、胴割れ防止には細心の注意が必要だ。
「東川の代表として失敗できない」――そんなプレッシャーもある中、牧さんは毎日のように圃場を訪れ、水回りを確認した。乾燥機を使う際も、主食用米と酒米が混ざらないよう掃除を徹底するなど、あらゆる面で気を配った。
牧さんが作った彗星の収量は、予定よりも少し多く、心配していた胴割れもなかった。
一般的に、主食用米や酒米はタンパク値が低いほどおいしいとされており、そちらも基準値内に収まった。
彗星で作った日本酒を、初めて飲んだ時の感想を聞くと、
「彗星はすっきり飲めてキレが良く、非常に飲みやすいお酒でした。 僕が作ったお米だと聞き、余計においしく感じましたね。精米歩合が55%と45%の純米酒を飲みましたが、飲み始めのキレに違いがありました」(牧さん)
純米酒は、醸造アルコールを使わず、水、米、米麹のみで作ったお酒のこと。精米歩合は酒米を削って残った割合を指している。60%以下は「吟醸」、50%以下は「大吟醸」に分類され、精米歩合によって香りや味が変化する。
三千櫻酒造では、55%と45%の「彗星」「きたしずく」を販売。ふるさと納税の返礼品としては、それぞれ55%の日本酒を取り扱っているが、今後は45%がラインアップに加わる予定だ。
「彗星」と「きたしずく」を飲んでみた
東川町で作られた日本酒、「彗星」「きたしずく」はどんな味なのだろうか。Jタウンネット編集部では2種を取り寄せ、飲み比べてみた。
こちらの「彗星」と「きたしずく」はそれぞれ精米歩合55%で、アルコール度数は15度。東川町オリジナルデザインのボトルは、真っ白な雪の大地を想起させる。
「彗星」のフタを開けると、ふわりと甘い香りが漂う。水のように軽い口当たりで、ぐいぐい飲めそうだが、じわじわと酔いが回るのを感じる。これは飲みすぎ注意...かもしれない。
対して「きたしずく」は、アルコールがしっかり感じられ、編集部員(20代女性)からは「どんな料理にも合いそう」との声。さっぱりとした後味で、こちらも非常においしい。
なかでも酒好きの部員(20代男性)は、
「僕は数ある日本酒を飲んできましたが、どちらもすごくおいしいですね。北海道の魚がつまみに欲しくなります」
と好評価。東川生まれの酒を、北海道グルメをつまみながら飲む――それはまた、格別な味になることだろう。
東川町の酒造りは今後、どのように発展していくのだろうか。酒米生産者の牧さんは次のように語っている。
「東川町は水と米のおいしさをPRしてきた町なので、『水と米とくれば、お酒でしょ』という共通の想いは、みんなどこかであったと思います。 そして今回、三千櫻さんが東川に来て、念願叶って酒蔵ができました。これは町の特産品や、米のブランド価値を上げられるチャンスだと思っています」(牧さん)
道の駅や町内の販売店では、まだ販売数量が少ないこともあって、三千櫻酒造の日本酒はあっという間に売り切れる状況だ。
それだけ評価が高いということだが、そもそもの狙いは地元の人に愛され、地元の人に飲んでもらえる日本酒を作ること。
そのため、地元でしっかり飲めるような製造・販売計画を三千櫻酒造と東川町で連携して構築していく必要がある、と町の担当者は話す。
将来的には、酒蔵を観光施設として活用する酒蔵ツーリズムや、日本酒造りを短期間で学ぶプログラムの展開、日本酒の海外輸出などを見据える東川町。
日本酒以外でも、すでにワインの醸造や地元民によるクラフトビールのプロデュースが行われ、ふるさと納税の返礼品にも登録されている。さらに今後はジンの醸造所を建設する計画もあり、東川町は「酒の町」としての基盤を固めつつある。
東川の地で酒巡りを楽しむ日もそう遠くはないのかもしれない――そんな未来に思いを馳せながら、あなたも一杯飲んでみてはいかがだろうか。
<企画編集・Jタウンネット>