至れり尽くせりってレベルじゃない... 「住みたい田舎NO.1」愛媛・西条市には、日本一親身な移住コンサルタントがいた
みなさんは愛媛県東部に位置する西条市という街を、ご存知だろうか。
全国に1000以上ある市町村の中で、筆者がこの市に注目したのには理由がある。
月刊誌「田舎暮らしの本」(宝島社)2月号に掲載された「2020年版住みたい田舎ベストランキング」で、西条市が10代~30代の若者世代が住みたい田舎部門で全国1位を獲得していたからだ。
――あまり聞いたことがない土地のような...。どうして移住先として人気なの?
そんな疑問を抱いた筆者(東京在住)が詳しく調べてみると、どうやら西条市役所の「移住推進課」がスゴイらしい。
なんでも公務員なのに、バリバリの営業マンのようなスタイルで、移住者の相談を受け持つ男性がいるとのこと。仕事ぶりはコンサルタントのようなもので、聞くところによれば「移住者へのフォローが過剰。それが移住者の心に響き移住者数アップに一役買っている」との噂まで。
いったい、何者なのだろう。
移住者のハートを射止める男性に会ってみようではないか。ちょっと田舎暮らしに憧れる筆者は西条市へと足を運んだ。
西条市を人気の移住先に変えた男とは
2020年11月上旬のことだ。
実家がある東京から羽田空港を経由して松山空港で飛行機を降りた筆者。
愛媛県の県庁所在地がある松山市。そこから東へ約50キロの場所にあるのが、西条市である。
人口は約11万人で、愛媛県内では第4位。南に下ると西日本最高峰の「石鎚山」がそびえたち、北には瀬戸内海が広がっている。
自然豊かな市...、と言えばその通り。首都圏などに住む働き盛りの人が、移住先の候補の一つに挙げても、おかしくはない。
ただ、何か際立った特徴があるかと聞かれると、どうだろう。左を向けば「道後温泉」で全国的に有名な松山市がある。知名度の差はいわずもがな、であろう。
しかし、である。
先述の通り、西条市は「若者が住みたい田舎」ランキングで第1位を獲得するほど、移住者に人気の地域なのだ。エリア別ランキングでも、18年度から2年連続で全部門(総合・若者世代・子育て世代・シニア世代)で四国1位だ。
やはり、そのワケは手厚すぎるサポートにあるのだろうか。
詳しい話を聞くため西条市役所へと向かった筆者。すると、役所の前にパーカー姿の男性が立っていた。
スーツにネクタイといったカチッとしたスタイルとはかけ離れた男性。西条市移住推進課の柏木潤弥課長(51)だ。
1992年に、合併前の旧・東予市役所に奉職。2004年に大合併で西条市が誕生した後も、財務部門や企画政策部門で働いていたという。
彼こそ、西条市を若者が住みたい田舎部門第1位に導いた立役者である。
移住推進課って、何をしているの?
移住推進課って、何をしている場所なのだろうか。
「市外から西条市に住みたいという人に、住んでみませんか、とアプローチをかける場所です」
そう話す柏木さんによると、西条市が移住施策に本腰を入れ始めたのは2018年度から。移住推進課として正式に発足したのは19年4月で、主に東京や大阪での移住セミナーや移住フェアへの出展などの業務を担当。移住希望者からの相談を受け持っているという。
18年度の移住者数は289人に。その前年度は106人というのだから、約3倍の数字である。どういった点を意識していたのだろうか。
「西条市が東京や大阪で移住の説明会をしますよと言っても、人が集まるわけがないんです。そもそも西条市を知っている人が都会にどれだけいるのでしょう。そこで、まずはメディアを活用してPR活動をしました。
テレビやラジオで、告知をしてもらいました。西条市は無料で移住体験ツアーをやっているよ、何月何日に説明会をやりますよ、と」
すると想像以上の反響があり、約100組の申し込みがあったという。メディアで西条市を宣伝し、移住フェアやセミナーに呼び込む。
「来てくれれば、こっちのものです。とにかく満足してもらえるように、努力します」
彼がそう意気込むには理由がある。移住推進課が始めた、一泊二日の移住体験ツアーが好評を博しているのだ。
大事なのは「人をつなぐこと」
それは、参加者一組ごとに丁寧に要望をヒアリングするオーダメイドのような一泊二日の移住体験ツアー。柏木さん率いるスタッフたち1人1人が、移住希望者のニーズに応えるための「コンサルタント」として機能しているのだ。
参加費は完全無料。東京や大阪などから西条市までの往復の交通費はもちろんのこと、宿泊費や食事代まで、すべての費用が無料だという。
西条市のツアーには、18年から約2年半の間に、44組(112人)を招待。そのうち移住を決めたのは12組(33人)で、約3割の打率である。
参加者の中には仕事などで忙しい人もいるため、一泊二日で満足してもらえるように一組ごとに時間調整。市内のどこを巡るか徹底的に優先順位をつけるという。
「僕は、西条市と他の市に、多少の違いはあっても、自然環境とかは大体一緒だと思っています。良い所もあれば、悪い所もあります。後は、どう見せるか、伝えるかです。
だから観光地などを案内するよりも、人を繋ぐことを第一にプランを考えます。たとえば、移住希望者がやりたいなって考えている仕事をしている人に直接あってもらう。小学生の子供がいる家庭なら、現役の校長先生や教頭先生にあってもらいます」
移住者に聞いた「決め手」とは
この移住体験ツアーを通じて20年8月に西条市に移住した家族がいる。
群馬県出身の中島慎二さんと、東京都杉並区出身の佐知子さん夫婦。小学生の長男と長女、保育園に通う次男の5人家族だ。
以前は、東京の杉並区に住んでいたという中島さん一家。12年頃に長男と長女が立て続けに病気にかかり入院したという。夫婦共働きで、仕事も激務。「何のために働いているのかわからない」という状況になり、思い出したのが「田舎暮らし」というキーワードだった。
会社を辞めた慎二さんは、「手に職をつけるため」整体師の学校に通い国家資格を取得。職場の整骨院で聞いていたラジオの中で、たまたま西条市の「移住体験ツアー」を知った。
その運びで、19年6月に都内で開かれた西条市の移住セミナーに参加。移住推進課の柏木さんとは、そこで出会ったという。
移住の決め手は、柏木さんからの「手厚いフォロー」があったから。そう慎二さんは、笑顔で話した。
「私たちは、19年8月に移住体験ツアーに参加しました。決め手は、柏木さんが担当してくれた移住体験ツアーや、その後の手厚いフォローですね。先輩移住者とお話するときに、あえて柏木さんが席を外して、移住者と対面で話す機会を作ってくれました。不安を解消させるために、気配りをしながら、聞きたいことを聞ける環境づくりをしてくれました」
移住体験ツアーでは、中島さん一家の生活に関わる訪問先を柏木さんが考えて案内プランを作った。「観光ではないツアー」ができて、何よりだったという。
「同世代のお母さんで、先に西条市に移住をしていた先輩との食事の機会をいただきました。実際のところの事情や、子供がどんな習い事をしているのかなど...。より西条市での生活を考える機会をもらえ、リアルな生活感を考えることもできました」(佐知子さん)
関東から移住した先輩移住者が営んでいるカフェのほか、保育園や小学校をぐるり。ツアー中、子供達がワクワクする場所にも連れて行ってもらったという。
佐知子さんは、西条市に来た子供たちが楽しそうに過ごしていたと、振り返る。
「西条の市役所から車で15分ほどの場所に冒険広場というアスレチック公園があって、子どもたちが楽しんだ。柏木さんが『子どもたち、絶対ここ好きだから』って、スケジュールに入れてくれていました。子供たちも愛媛楽しいって。ここに、引っ越したいと話していて、そんな子どもたちを見ていたら、決めてもいいかなって思いましたね」
移住から3か月が経って...
西条市に移住して、約3か月。柏木さんからのアフターフォローには、今でも感謝しているという。
それは移住した直後のこと。子供が小学校に通い始めた翌日くらいに「学校は、どう?」と聞くと、「友達が歓迎会してくれるから」と、ランドセルを家において、そのまま遊びにいったそうだ。新たな仲間とすぐに打ち解けた子供の様子を見て、両親はさぞ安心しただろう。
ただ、時はコロナ禍。ここにも、柏木さんの粋な計らいがあった。
実は柏木さん、中島さん一家が空き家を契約するときに、学校へ同行。「他所から来た子に何かあってはいけない」という思いから、自ら校長先生らに移住の事情を説明。「中島さんたちは、コロナ禍に入る前の19年11月の段階で、既に西条市への移住を考えていました。せっかくこのまちをえらんでくれたので、よろしく頼みます」と先生たちに配慮を促したという。
「学校が全校生徒に配る『学校だより』に、『引っ越してきて2週間は自宅で過ごして、問題はありません。新学期から仲間が増えます』って作って配布していただいたので、みなさまの不安は軽減できたのかなって思っています。そこまで配慮してもらって、感謝しかないですね」(慎二さん)
中島さん夫婦はこの後、お世話になった柏木さんとともに、移住希望者の「先輩移住者」としてアドバイスをする立場になるそうだ。
移住生活は、まだ始まったばかりの一家。それでも感謝したいことは、沢山あるという。
「柏木さんが繋いでくれた人が近くにいるっていうのは、心強いです。西条市のお父さんみたいな存在で、本当に頼りになります。柏木さんがいなかったら、ここまで早く決断ができなかったです」(佐知子さん)
「なにかあれば柏木さんに相談すればなんとかなるかなって」と笑顔で話す慎二さん。関係性が深くないと、なかなか出てこない言葉だろう。
こうした慎二さんの話を聞いて、思い出したことがある、柏木さんに、「一番大切にしていること」を聞いたときの言葉だ。
「自分も父親なので、お父さんお母さんの気持ちになって物事を考えています。子供さんがいる家庭などは、親目線で接して、子供が移住しても辛いとか、後悔しないような幸せな生活を送ってもらえればな...、と。
もちろん移住した後に、予想を超える部分も出てきます。そうなったとしても、一緒に乗り越えられるような努力を日々していくことですかね」
移住をするって、勇気がいる。仕事や育児、生活環境など、知らない地域に対する不安や悩みは、次々と湧いてくるはずだ。
でも、そんな不安を一緒に解きほぐし、笑顔にさせる人物が西条市にはいるようだ。
少しでも西条市に関心があるのなら、柏木さんが率いる移住推進課は、みなさんの小さな一歩を待っている。いや、待つだけでなく、ともに歩もうとしてくれるはずだ。
<企画編集・Jタウンネット>