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真夜中の墓場で遊ぶ、ある子どもの話【ささや怪談・最終回】

前田雄大

前田雄大

2017.03.26 21:00
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「その子にとっては、お墓が唯一安らぐ場所だったんだって」
   セイさんは、穏やかにそう言った。

   わたしたちは、怪談を集めて、発表するイベントを行っている。
   他のメンバーは、イデマチという男と、ヒラタユミさんと米田智貴くんの四人だ。
   この四人で、クロイ匣(ハコ)という団体を運営している。
   今日は、みんなで集まって、Kという和菓子屋を訪れた。
   何ということはない。
   わたしたちは、何となく話しているだけでも、楽しかったからだ。
   話題は、いつしか怪談のことになる。
   すると、お店で働いているセイさんが、
「そういえば、昔ね...。実家で、こんなことがあったんだって」と、語り始めた。
   わたしは、レコーダーのスイッチを入れた。

Photo by jb, on Flickr
glow and graves

   大正時代。
   セイさんの大叔父さんにあたる方の話である。
「今でいうところの、ぼんだったのよ」
   彼のことは、S君としておこう。
   小学校の低学年で、身体の弱い子だった。
   友達も、いなかったそうだ。
   彼には、ちょっと変わったところがあった。
   夢遊病である。
   彼は、夜な夜な、布団を抜け出して、どこかに出かけることがあった。
   明け方になると、ふらりと戻ってきて、そのまま自分の布団に入ってしまう。
「よく、足の裏を泥んこの真っ黒けにしたままで、寝てたんだって」
   彼は、自分がどこにいたのかを憶えていなかった。
   こんなことが続いたものだから、家族も放っておくわけにはいかなくなった。
   それで、小作人たちに見張りを頼むことにした。

   ある夜のことである。
   S君は、眠った時のままで、屋敷の外に出て行った。
   闇夜の中を、提灯ひとつ持たずに。
「その時代は、街灯も無いし、夜中でしょ。なのに」
   彼は、村の外れにある墓地へと、まっすぐに走って行った。
   転びも躓きもせずに。
   墓地にいるのは、彼だけだった。
「大勢で、追っかけっこや鬼ごっこをしているみたいに」
   彼は、たったひとりで、誰かと遊んでいた。
   月明かりだけの暗闇を、踊るように、弾むように。
   溌剌と。
   夜が白みかけた頃。
   彼は、一目散に家に向かって、布団に潜り込んでしまった。
   小作人たちは、自分たちが見たものを、家族に包み隠さず報告した。
「何日かしてから、私の遠い血縁にあたる方の御父上が、やってきたの」
(詳しくは、「京の和菓子屋で聞いた、とある猫の話」をご参照下さい)
   S君は、その人に、こんなことを話した。
「毎晩毎晩、誰かが家まで呼びに来てたんだって」
   それで、遊びに行きたくなった時だけ、その誘いに応じていたという。
「墓地に行ったら、火事みたいに真っ赤な火が焚かれていて、賑やかだったんだって」
   そこには、同い年ぐらいの子たちが待っていて、いっぱい遊んでくれたのだという。
「もし、この子を無理に引き止めたら、寿命が短くなってしまうだろう。それなら、好きにさせてあげたほうがいい」
   大人たちは、そのように悟ったという。
   一年後、S君は亡くなった。
   亡くなる直前まで、墓地での夜遊びは続いたという。
「その子は、呼ばれたのかな、そこまでの寿命だったのかな......」
   セイさんが、そっと呟いた。
   結局のところは、確かめようがない。
   ただ、彼にとっての死が、「恐怖」だったと決めつけるのは、浅はかなことかもしれない。

   わたしは、ため息をついてから、レコーダーのスイッチを切った。
   ふと、セイさんが、わたしに尋ねた。
「前田くんは、どうして怪談を集めだしたの?」
   三人が、わたしに視線を向けた。
「もともと、友達や知り合いの為に、これを始めたんです」
   他人には、なかなか信じてもらえない思い出や記憶。
   たったひとりで、抱え込んでみたり忘れてしまうには、苦しくて面倒な代物。
   いびつで、不完全で中途半端で、こわくもなんともないジャンク品。
   そういったものを受け入れて、信じようとして。
   せめて、わたしだけでも、と。
「だからです」
   わたしは、幽霊や死後の世界の存在よりも、目の前にいる人の話を信じたかった。
   どんなにちっぽけで馬鹿みたいな話だとしても、それは唾棄すべき記憶や妄言なんかじゃない。
   ささやかなメッセージにも、物語にもなりうるのだ、と。
「けど、ずっと人を信じようとするのって、無理があるんだよ」
「そうよね。文字で読む分にはいいけど、耳で聞くと感情が伝わってくるから」
   セイさんが、助け舟を出した。
   結局のところ、他人の記憶や証言を辿って行く過程で、感情や痛みや苦しみを追体験しなければならない。時には、お互いを深く傷つけてしまうこともある。
   すこしずつ、負荷が掛かってしまうのは、避けられない。
「なんとなく、つらそうなのは感じていました」
   ヒラタさんが、悲しげな目をしながら、わたしに言った。
「そんなことないよ。でも、いつまでも続けようとは、思ってない」
「わかっていますから......」
   
   イデマチが、すまなそうにつぶやいた。
   わたしは、そっとため息をついた。
   三人が、どんな表情を浮かべているかぐらいは、顔を見なくてもわかっていた。

   いつの間にか、Nさんという常連客が、店の前に立っていた。
   そして、にこやかに微笑みながら、わたしたちを見つめている。
   彼は、七福神の恵比寿さんのような笑顔が、トレードマークだ。
   不意に、Nさんが、口を開いた。
「なあ、前田くん。こんなんな、もっと適当でええやんか。ところでこの前、俺の部下から、こういう話を聞いたんだけど、正月にその子のアパートでな」
「待ってください。今はちょっと」
   わたしは、頭を抱えた。
   さあやろうぜ、という気分ではない。
「前田さん、オーケーですか?」
   米田くんが、無邪気な笑顔で、わたしにレコーダーを手渡した。
「なあ、続きを話してもええか?」
   Nさんは、チェシャ猫みたいな笑顔を浮かべて、わたしたちとセイさんに目配せした。
   わたし以外の全員が、嬉しそうな顔をしていた。
   ちくしょう。
   わたしは、人間も幽霊も、大嫌いだ。
   あいつらは、わたしの気持ちや都合というものを、まったく考えてくれない。
「もう大丈夫です。続きを聴かせて下さい」
   いつか、わたしたちの物語は、終わってしまうのだろうか。

   わたしは、少しだけ迷ってから、レコーダーのスイッチを入れた......。

「ささや怪談」は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。(編集部)
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筆者:前田雄大

怪談団体「クロイ匣(ハコ)」の主宰者。関西を中心として、マイペースに怪談活動を行っている。https://twitter.com/kaidan_night
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