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82歳筆者が考える、「現代のコンビニ」...スーパー利用者とのライフスタイルの違い

ぶらいおん

ぶらいおん

2016.06.14 11:54
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「積極的参加型」のスーパー、「消極的参加型」のコンビニ

   当コラム編集担当者より、こんなコメントが届いた。『「1970年代の、コンビニが登場し始めたころの東京」と「あって当たり前」になった今の日本との違い、などもしあれば...。』

   そこで約40年位前から現在までの筆者独自の記憶を辿ってみたのだが、およそコンビニ対する筆者の見解には、当初より殆ど変化が無いように思う。はっきり言って、筆者にとってコンビニは余り馴染みは無い。むしろ、いわゆるスーパーマーケット(主として食料品スーパー)の方が、日本での初お目見え以来今日まで遥にインパクトが強く、我がライフスタイルにとってみても必要欠くべからざる存在となっている。

   それは何故だろう?結局、それは(無論、個人的嗜好を逸脱することは無いのだが)当人の属する家族構成などが大きく影響するのではないだろうか?自分のケースを取って、考えてみると、コンビニが、本当に"convenient"(便利だ)なァ!と実感するのは、仕事などで普段住んでいる街から離れて単独で行動している場合、むしろレアで特別なケースのみが当て嵌まる。

   例えば、数日間に亘り仕事でビジネスホテルなどに滞在する場合が最も適切である。無論、出張先の名物や美味いものを探して食事する、取引先と会食するなどのパターンもあり得るが、生来消化器系が然程頑丈では無い体質なので、普段通りマイペースの食事パターンを保てないような日々が続くと、必ず胃腸に来る。何回かそういう失敗を繰り返して、これを改善しないと、旅に出ると、きっとお腹を壊すことが定番になってしまう。

   その解決策として一番有効だったのが、ホテルや外のレストランで食事せず、コンビニでおにぎりや白飯とみそ汁、家庭風の日常的お総菜だけを購入して、それに好物のヨーグルトや切り分けたフルーツ、チーズなどを加えて、ホテルの一室で誰に気兼ねすることも無く食事する。
   費用も安くつくし、食べたい量だけ食べ、後は冷蔵庫に放り込んでおき、歩き回って小腹の空いたようなとき、ちょっと補充したり出来るし、これは実に"convenient"だ、と実感出来た。

   それに対し、帰宅して通常の毎日が続くような場合、食料品の買い出しは、スーパーマーケット以外で行うことは事実上無い。それは、このスーパーマーケットが関西では1952年「京阪スーパーマーケット」(現在の「京阪ザ・ストア」)が大阪の旧京橋駅に、東京では1953年神宮前駅に紀ノ国屋がお目見えして以来、あっという間に日本全国津々浦々の都市や町に行き渡り、余程僻地でも無い限り、日本全国何処でも当たり前のライフスタイルとして定着したから、筆者の家庭でも、これは当然の成り行きであった。

   ここで少し、定義的な事項を見ておこう。コンビニエンスストアとスーパーマーケットの定義は、次のようなものとされている。

   *コンビニエンスストア(英: convenience store)は、年中無休で長時間の営業を行い、小規模な店舗において主に食品、日用雑貨など多数の品種を扱う形態の小売店である。略称は「コンビニ」「CVS」などで、これらの略称が定着する前の1980年代以前には「コンビ」「深夜スーパー」などという呼び方もされた。多くの場合、大手資本によるチェーン店舗として展開されている。
    日本の経済産業省の商業統計での業態分類としての「コンビニエンスストア」の定義は、飲食料品を扱い、売り場面積30平方メートル以上250平方メートル未満、営業時間が1日で14時間以上のセルフサービス販売店を指す。
    日本経済新聞の2014年度の調査では、国内市場が初めて10兆円を超える規模に成長し、トップシェアのセブン・イレブンジャパンをはじめ上位3社だけで約8割のシェアに達したことが明らかになった。
   *日本において"スーパーマーケット"という言葉が使用されたのは、1952年、前述の「京阪ザ・ストア」が旧京橋駅に展開した店「京阪スーパーマーケット」が最初で、セルフサービスのスーパーマーケット業態が導入されたのは、翌1953年、紀ノ国屋が東京都港区の神宮前駅至近でオープンした店が日本初である。
   日本の場合、売場面積300平方メートル程度から3,000平方メートル以上までいくつかの系統付けられたタイプがある。大規模なものでは、一店舗で食料品や日用品といった消費財から、衣料品・家電までの耐久消費財までも扱う総合スーパー、ゼネラルマーチャンダイズストアが主に市街中心地に多く出店されたが、最近では、食料品や日用品までを扱うスーパーマーケットが、郊外へ多数の店舗が集約されたショッピングセンターに出店する場合が多い。
    また、規制緩和により1990年代後半よりタバコ・酒類などの免許品の取り扱い、長時間営業(9~10時から20~24時まで、一部では24時間営業もある)・売り場面積の大型化・新規出店の増加が進んでいる。尚、1979年から全国に先駆けて福岡県の地元スーパーマーケット「丸和」が24時間営業を始めている。
    1996年からダイエーが日本のスーパー業界で初めて、全国規模で元日営業を開始。その後大手スーパーを中心に他社でも、元日営業が行われるようになった。
   日本のチェーンストア業界では、構成比が50%以上の部門の名前を頭につけて分類する。(出典:ウィキペディア)

   筆者の考えでは、単身者または主として若年共働き夫婦のみ所帯あるいは最近増加していると考えられる高齢単身者また夫婦のみ所帯の大部分が、どうしてもコンビニ指向(または嗜好)となるのではあるまいか?
   逆に、それ以外の家族構成所帯では、コスト的および量的な見地からスーパーが圧倒的に有利であるから、どうしてもスーパー指向(嗜好)となるのであろう。

   筆者所帯も昨年初めから母が高齢者施設に入居して高齢者二人所帯となったが、矢張り、食料品、日用品の調達はスーパーとなっている。更に、スーパーとコンビニの特性を考えて行くと、食料品など未加工の材料を、多種類に亘りそれも或る分量を纏めて入手可能であるのは、スーパーであり、しかも購入者が高齢で、地方在住となれば、運搬の問題を考慮せねばならず、自家用車利用か、あるいは店の運搬サービスを利用するにしても、或る程度のまとめ買いを要すること(スーパー指向(嗜好))になる。もう一つ加えると、食材の料理法や味付けについて、明確な意思や意欲(こだわり)があるとすれば、コンビニのように調理済みあるいは半調理食品が優勢な店は不適当となる。

   それに対し、少人数所帯では、その調理に要するコストや時間的手間を考慮し、更に人数分の少量購入を考えれば、コンビニの調理済み食品の方が圧倒的に有利であり、たとえ冷えて店頭に並べられていた食品でも電子レンジ加熱のサービスを受けて、暖かいまま近くの自宅に持ち帰ることが出来るなどのメリットもある。しかし、筆者のように味付けや調理方法に拘(こだわ)るとなれば、コンビニ食品で許せるのは、単身でビジネスホテルなどに滞在する例外ケースのみとなる。

   筆者が考えると、大体このような見解となるのだが、上記したように、2014年度の調査では、国内市場が初めて10兆円を超える規模に成長している、という事実はどう考えたら良いのだろう?そこには筆者が見落としているコンビニの付加的メリットが存在するということなのであろう。

   それは一体何か?筆者の頭で考えつくのは、次に述べることくらいである。

   すなわち、現代の大都会のような「時間感覚喪失」社会、つまり24時間眠らないような生活環境では、いわゆる勤務時間も大方の日中の一定時間だけとは、必ずしも限るまい。昔は「夜勤」と呼ばれた特殊な業態ばかりでは無く、色々な職種でも深夜勤務として拡がっているのであろう。となれば、人々の生活に欠くべからざる物品を入手するためのこの種の店も必須ということになり、この役目を果たしているのが、限られた地域のみに存在する24時間営業スーパーであり、それを除けば、一寸した町なら何処でも見掛けるようになったコンビニの方が常態という訳で、先ずこれが大躍進の理由なのであろう。

   その上、コンビニにはATMなども備えられており、出金や借り入れ、電子マネーのチャージ・サービスや公共料金の納付や宅配便の手配や受け取り、商品の代引きサービスに至るまで、単身者や共働きで日中留守番の居ない所帯の強力な助っ人の役割も担っていることだ。

   それと、人恋しくなった独居の若者たちの溜まり場となっていたり、雑誌やコミックの立ち読みも出来るし、喉の渇きも癒やせる、ちょっとしたオアシスの役目も果たしているのかも知れない。

   こう考えて来ると、スーパー(ショッピングセンター)嗜好の人々は、休日に子ども二人くらいを連れてキッズコーナーで遊ばせながら(場合により親たちが自分の高齢の親をも伴って)、食料品や日用品を纏め買いし、買い物が終われば、多彩なメニューを取り揃えたフードコーナーで、3世代揃って食事し、1日を楽しむ、というような一応平均的ではあるが、積極的参加型ライフスタイルを採るのに対し、コンビニ嗜好の人々は単身者か、二人くらいの少人数所帯で、どちらかと言えば、食事の準備には余り手を掛けない、もしくは手を掛けることが不経済な環境にあるため、受動的で、食品の調理や味に関しても余り些細なことは気にせず、与えられた物をそのまま、然程抵抗を感ずることも無く受け止め、アバウトで気軽な(消極的参加型)ライフスタイルを比較的イージーに受け入れている、と言っては言い過ぎであろうか?

   コンビニの急成長は、大都会のみならず、地方都市でも、若年、高齢に拘わらず単身や二人暮らし程度の少人数所帯が増えたこと、その上、積極的に参加したくなるようなソサエティーもなかなか見つからず、人々が孤立化へと向かう世界になってしまったことも大きく影響しているように思えてならない。

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筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)

東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になって、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、今は地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、西方浄土に日々臨む後期高齢者、現在100歳を超える母を介護中。https://twitter.com/buraijoh
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