心霊スポットだと噂の石川県のS町に行ってみた話【ささや怪談】
『石川県に、霊感の強い人がいっぱい住んでいる町があるんだって。
行ってみてよ。
きっと何か見つかるから!』
そんなメールが、Tさんから届いた。
彼女は、東北のある県の観光大使を務めている。わたしは、彼女からときどき、不思議以上怪談未満な話を集めていた。
彼女の知り合いが、石川を旅行で訪れた時に、そういう町に行きあたったのだという。
その知り合いも、幽霊を見たそうだ。ただ、どんな幽霊だったかまでは、教えて貰えなかったという。その町全体が、巨大な心霊スポットなのだという。
『だから、前田くん、チャンスだと思って行っておいで!里帰りも兼ねて!』
Tさんの言葉とは裏腹に、わたしの気分は冴えなかった。
わたしは、心霊スポットが大嫌いだからだ。
わたしは、石川県で生まれ育った。
しかし、その町の名前に、心当たりは無かった。
去年の大晦日に、わたしは、Sという町を訪れた。バスに乗って、一時間ほど揺られる。海岸線をひとしきり眺めたら、中心街をすり抜けて、郊外へと進んでゆく。
霊感なんて、わたしには無い。あったところで、気分が重くなるだけだ。
おまけに、外は雨だった。
バスを降りると、新興住宅地が広がっていた。まだ午前中なのに、人っ子一人歩いていない。それでも、リンスや年越しそばのダシの香りが、あちこちから漂っている。
Sという町は、山を切り拓いて作られたようだった。大きくなだらかな坂に、家々が礼儀正しく並んでいる。だが、道をすこし外れると、田畑や山に行ってしまう。そして、川のせせらぎの音が、どこからか聞こえてくる。自然に近い町だが、夜の闇は深そうだ。
事前に、石川の心霊スポットを調べておいた。だが、S町には、幽霊の噂ひとつ無いようだった。おまけに、Tさんの知り合いは、石川県の方ではない。文献も調べては見たが、それらしい曰くは、まったく判らなかった。
坂を上ったり下ったりしたが、誰にも会わなかった。ただ、変わらぬ町並みが続くだけだった。それでも、住宅と住宅の間に墓地があって、眩暈がした。ひと気はあるのだが、誰にも会うことが無い。正直に言って、近江町市場の地下にあるカフェや横安江町商店街に行ったほうが、よっぽど「金沢」らしい。
わたしは、二時間ほど歩き通した。雨が降る中、とぼとぼと散歩を続けた。喫茶店もコンビニも見つからず、くたびれたところだった。こんなことなら、あめの俵屋の本店に行ったほうが、有意義だった。
すると、向こうから、誰かがやってくる。
若い女性のようだ。白いコートに、ピンク色の傘を差している。ただ、近づくにつれて、ちぐはぐな感じがした。
青白いのだ。
顔が。
彼女とすれ違った時、わたしは見た。
白塗りの顔。
たぶん、その町の風習かお祭りか、体調がすぐれなかったのだろう。
わたしは、早歩きでバス停に向かった。すると、道の真ん中に、老婆が立っている。老婆は、立ち読みをしている。革手帳のような本を。雨だというのに、傘も差さずに。必死な顔をしながら、ぐしょぬれのページを捲っている。怒ったような形相を浮かべながら。
声をかけようとは、思わなかった。
おそらく、本の続きが気になって、しょうがなかったのだろう。
わたしは、バスに乗ってS町を出た。
雨に打たれて、身体が震えていた。バスが中心街に入ってから、両肩がキリキリと痛み出し、刺すような腹痛にも襲われた。もちろん、これは偶然だ。わたしは、痛む身体を誤魔化して、次の目的地に向かった。
バスを降りると、友人に電話を掛けたくなった。
なぜか、今すぐに、電話をしなければいけない気がした。
何度目かのコールの後に、友人の妻が出た。
そして、こう告げた。
「あのね、亡くなったの。あのひと」
そこから先のことは、記さない。
告知:今月末の日曜日に、京都・二条駅近くの町屋カフェ・ジプシーハウスにて怪談イベントを行います。詳細は、クロイ匣ツイッターで。