三田線車両基地の真上にそびえたつ「都営西台アパート」...昭和が生んだ巨大団地の現在
都営地下鉄三田線は西高島平駅~目黒駅を約53分で結ぶ。総延長26.5キロながら、東京の地下鉄の中ではややマイナーな路線だ。
その「志村検修場」(板橋区)には、ちょっと変わった施設があるという。
2014年11月15日、「都営フェスタ2014 in三田線」が開催されたのを機に訪ねた。
家族連れでにぎわう都営フェスタ
入口は高島平駅から徒歩7分ほどのところにあり、入場すると多くの鉄道ファンでごった返していた。
普段は立ち入ることのできない車両工場にも入ることができた。輪軸をはじめ重厚な車両部品がいたるところに置いてあった。
1968年11月に開設された検修場は西台駅から高島平の間に立地する。敷地面積は13万7000平方メートルあり、最大で336両収容できる。敷地内で試運転も可能だ。東京メトロ・都営地下鉄の車両基地の中でも最大級の広さを誇る。
引上線には3編成が留置され、家族連れが記念撮影をしている。
それとは反対の西台駅方面に目を転じると――留置線の上に大きな集合住宅群が並んでいるではないか。
これが噂の構造物か――工場見学を早々に済ませ、さらに東の方角に足を進めた。
大きな集合住宅群の正体は「都営西台アパート」。1972年に人工地盤が造成され、その上に集合住宅が建設された。同時代に高島平に誕生した団地と同様、結婚して家庭を持った「団塊の世代」が主なターゲットだった。
東から5~8号棟の4つの建物があり、筆者は最も西側の8号棟の最上階へ向かった。
入口付近にある郵便受けに目をやる。ガムテープで封をされている部屋が多い。
14階でエレベーターを降りると――住人のおばあちゃんたちが集まっていた。これから買い物にでかけるところらしい。都営フェスタで気になって立ち寄った、いい撮影ポイントはないですかと尋ねると、彼女たちは親切にいろんなことを教えてくれた。
今日は見えないかな~。冬に北風が吹くと富士山がきれいなんだよね。
都の職員も言っていたの。『ここのロケーションは最高ですよ』って。
家賃は人それぞれだけど、私は2万円ちょっと。
住人はみんな年寄りばっかりでね~。8号棟が一番年寄り多いの。
入口のポストにガムテープがいっぱい貼ってあったでしょ? みんな死んじゃうのよ。
近所付き合いのない賃貸マンションに住む筆者。昔の長屋はこんな感じだったのかもと思いつつ、写真を撮って再び地階へ降りる。
車両基地の上にはプール付きの小学校もあった
8号棟の西隣は広大な駐車場になっているが、おばあちゃんたちの話では2002年3月まで「区立高島第四小学校」があったという。
近くの図書館に立ち寄り、資料「開校20周年記念誌 わたしたちの蓮二小」を開くと――1998年撮影の航空写真が載っている。駐車場スペースはそれほど広く感じないのだが、学校にはプールもあった。
今年の6月に開業した虎ノ門ヒルズは、道路の上に超高層ビルが建っていることで話題になったが、ある意味で都営西台アパートはその先駆者だ。というか、こっちの方がすごいかもしれない。
比較的若い世帯が暮らしているとおばあちゃんたちが話す、5・6号棟にも行ってみることに。その途中に区立の保育園を発見。
気分に任せて撮影を続けていると、灯油売りの軽自動車がやってきた。
車両基地の北側にも線路上に集合住宅がある。こちらは「東京都交通局志村寮」で、東から順に1~3号棟がある。いずれも5階建てで、地下鉄職員だけでなく都バスの職員も住んでいる。
つい最近まで4号棟が存在していたが、耐震性に問題があり解体された。残り3棟の柱が目に焼き付いた。
再び西台アパートへ戻る。5号棟の直下には、留置線番号を示すパネルがぶら下がっている。
人工地盤の下にある留置線は1~16番線まであり、17番線は半分外にはみ出ているような状態。
18番線は青天井。相互乗り入れしている東急目黒線の車両が留まっていた。
最も南に位置する19番線は線路が残っているものの、パネルの文字が消されて架線が取り外されている。もう使われていないのか。
西高島平駅~西台駅にかけてのエリアは、1960年代に開発された「高島平団地」にあたる。完成時は東洋一のマンモス団地と呼ばれピーク時は3万人の住人がいたが、現在は約半分まで減少している。