カッターシャツ=学生のイメージは、どうして根付いたの?
岡山と兵庫県民「カッターシャツはワイシャツにあらず」
そこで編集部は改めてアンケートを実施した。以下の選択肢からどれか一つを選ぶというもので、225名の方に投票いただいた。
- 同じ
- 学生がカッターで大人がワイシャツ
- 白無地がカッターで柄モノがワイシャツ
- 上記以外の理由で別物
- カッターという言葉を使わない
その結果は以下のとおり。「学生がカッターで、大人がワイシャツ」という認識は、西日本を中心にある程度幅広い範囲に存在することがわかる。
特に兵庫と岡山で「カッター=学生」という認識は根強い。両県は大阪の影響が強い土地柄にもかかわらず、前回の投票で「カッター」の得票率が低かった県でもある。
岡山県は男女学生服生産で69.2%のシェアを誇る「学生服王国」だ。業界大手の菅公学生服(カンコー)、明石被服興業(富士ヨット)、トンボの3社はいずれも県内に本社がある。
岡山で学生服の生産が始まったのは1921年頃のこと。カッターシャツ発売の数年後だ。 1923年9月には関東大震災が発生。アメリカからの救援衣料が大量流入し、日本の洋服化は一気に進んだ。
ここからは仮説であるが、「カッター+学生服」という組み合わせが大正後半~戦前にかけて定着し、その影響が今に及んでいるのかもしれない。
ミズノの本社がある大阪は「同じ」が54.5%を占めたが、「学生=カッター、大人=ワイシャツ」も36.4%を占めた。
このほかの名称として「スクールシャツ」(学生向け)、「ニットシャツ」などを用いる学生服販売店がある。
神奈川は「上記以外の理由で別物」の得票率が23.5%と比較的高かったが、これらの商品名に親しんだ人が投票したのだろうか。