「たいやきの顔」の男前さが気になって仕方がない
2014年3月1日発売の「旅行読売」4月号を読んでいると、気になる記事が目にとまった。東京中央区築地に、たいやきならぬ「まぐろやき」を製造・販売している店があるという。甘いものに目がない記者は、早速まぐろやきを売っている「築地さのきや」へ向かった。
着いたのは土曜日の午後2時ころ。東京メトロ日比谷線築地駅1番出口から徒歩3分くらいの場所に店はあった。店の前には客らしき人が何人も。店員は「5分ほど時間ください」と予約を受け付けていた。メニューは小倉あん入りの「本マグロ」(180円)と、小倉あんとアンズが入った「中トロ」(200円)の2種類。私は本マグロを注文した。
待つこと5分。名前を呼ばれて受け取ったのは、まぎれもない「まぐろやき」。「つきじ」の刻印も入っている。さて、マグロといってもいろんな種類があり、これは何を模しているのだろう。クロマグロ? それともタイセイヨウマグロ? ミナミマグロっぽくはない...店員に聞けばよかったと少々後悔。ぷっくら太っていて、いい感じにあんこが入っている。個人的にはパカッと口を開けてほしかったのだが、さすがにそれは無理な注文か。
およげ!たいやきくんモデルの店
ここでふと疑問が浮かんだ。「たいやきはみな同じ顔と形をしているのか?」。思い立ったら行動せずにはいられない私、今度は麻布十番へ向かった。たいやきマニアなら知らぬ人はいない「浪花家総本店」で買うためだ。昭和の大ヒット曲「およげ!たいやきくん」のモデルになったのは店の2代目。現在は3代目が店を切り盛りしているという。
建物は新しいのだが、看板は老舗にふさわしく年季が入っている。店内にはたいやき職人が何人もいて、威勢のいい挨拶と笑顔で客を迎える。さあ注文しようと声を発する前に、店員さんが「すみません。30分くらいお待ちできますか? お名前をお伺いしますので」と申し訳なさそうに説明した。雨が降っていたので、どうしようか思案したが、近くのファーストフード店で待機することにした。
30分後店に戻って名前を告げ、ほどなく1尾でてきた。価格は150円。当たり前だが「まぐろやき」とは異なる形状だ。ごく標準的なボディで、鱗(うろこ)や目、口は若干かすれ気味。こちらの店は1尾ずつ鋳物の焼き型でたいやきを作っているようだが、焼き型を使い込んでいることが影響しているのかもしれない。皮から見える黒い部分はあんこ。味は食べて納得のおいしさだった。
「のれん分け」の店でも微妙に違う
暖簾(のれん)に浪花家の名前を使用したたいやき屋は都内にいくつもある。その多くは総本店などで修業して独立を許された店だ。ならば別の浪花家のたいやきはどんな顔をしているのだろう。次に文京区関口にある「江戸川ばし浪花家」を目指した。
江戸川ばしは職人が2人いて、並ばずに変えた。建物は別なのにどこか総本店をほうふつとさせるのは気のせいか。
総本店とはよく似ているのだが、江戸川ばしの方がおでこが若干出っ張っている。目が小さい一方で、唇がちょっとだけ分厚い。立派な背ヒレと胸ヒレは「いきがいいねぇ」とつぶやきたくなる。総本店との味の違いを探すのは困難だった。1尾150円。
たいやきのしっぽにはあんこが入っているべきなのか論争
ここまできたら、新宿区若葉にある「わかば」を外すわけにはいかない。JR中央線、東京メトロ丸ノ内線・南北線四ッ谷駅から徒歩6分くらい。新宿通りから1本入った横丁のところにある。時間は午後5時前。おやつを一番食べたくなる時間帯だ。案の定、甘いものに目がない男女で店頭は賑わっていたが、列に並んでいるのは数人で、数分で購入することができた。
バナナブックスから出版された『東京たいやきめぐり』によると、1953年に「たいやき論争」が起こった。わかばの近くに住んでいた直木賞作家安藤鶴夫氏が、「たいやきのしっぽにあんこが入っていた」と激賞。3月19日の読売新聞朝刊に掲載されたところ、店に客が殺到し大騒ぎになった。これに対して浪花家総本店のファンだった山本嘉次郎が「しっぽにあんがあるのはしつこい」と反論した。
今から60年以上も前の話で、原材料の調達事情も様変わりしている。私が食べた限りでは、浪花家総本店のしっぽにもあんこが入っていたような。
安藤氏が称えたわかばの伝統は今も受け継がれていると言っていい。たいやきに風格があるのだ。ふっくらとしていて、あんこに厚みがある。鱗は江戸川ばしの方がよくできている印象だが、顔の表情はわかばの方が男前かも(メスだったらごめんなさい)。1尾140円。
下の写真はたいやきを正面から撮影したものだが、面構えが本物の魚っぽい。たまたま受け取った商品がそうだったのもしれないが、たかだかたいやき1尾に感動してしまった。
なお、わかばの店頭には「たいやきの召し上がり方色々」「保存方法」などが書かれた紙が置かれ、無料でもらえる。こうした気遣いも嬉しい。
4店まわった結論は、「たいやきの形状は店によって異なる」。ほんのちょっとの差なのだが、本物の魚を見比べるような楽しさがあった。