東京・板橋の洋食店が困惑 「孤独のグルメ」で誤解広がる
主人公の中年男性が黙々と一人飯を楽しむ人気漫画「孤独のグルメ」に登場した店にファンが押し寄せ、困惑している店がある。
店主に突き飛ばされた主人公が、逆に「アームロック」をかける。こんな描写がある洋食店を、実際に起きたことだと信じるファンがいるからだ。
店主に「出て行けここは俺の店だ」と突き飛ばされる
「孤独のグルメ」は原作を久住昌之さん、作画を谷口ジローさんが手がけるグルメ漫画だ。輸入雑貨商を営む主人公・井之頭五郎が、ふらっと立ち寄った店で料理を食べ、心の中で感想をつぶやく様子をユニークに描いた。作品中に登場する店舗は、連日行列が訪れるタイプの店ではなく、どこか昭和の雰囲気を残しているなどの特徴がある。
雑誌『SPA!』(扶桑社)で不定期連載しているほか、2012年にはテレビ東京系でテレビドラマ化もされ、シーズン3まで続くほどの人気作品だ。作品中に店の名前は出ないが、実在する飲食店をモデルにしているため、ファンがどの店なのかを特定して実際に訪れることも少なくない。
ドラマ放送後には、「孤独のグルメ」の店に行ったというブログやツイッターでの報告は多く、行列のできる店もあるようだ。
「孤独のグルメ」初版から10年以上が経過し店の状況も変わっているため、ドラマ版では「原作に出てくるお店は番組では取り上げない」という取り決めがある。しかし、ドラマで漫画を知ったファンが、原作に登場する店を訪れて迷惑をかけるケースもある。
たとえば、原作第12話「東京都板橋区大山町のハンバーグ・ランチ」のモチーフとされている洋食店「洋庖丁」がそのひとつだ。原作では、アジア系の従業員を終始怒鳴り散らす店主が描かれている。
五郎はそれをいさめるが、店主に「出て行けここは俺の店だ」と突き飛ばされ、仕返しとしてプロレス技のアームロックをかけるという内容だ。注文したハンバーグは、一口しか食べずに店を出て行ってしまう。
大山町の「洋庖丁」を訪れた「孤独のグルメ」ファンのブログによると、
「写真はお断りしているとの事!?事情を聞きましたが、勝手に漫画に載せられて迷惑しているのでとの事でした」
「お店としては『漫画のような態度の悪い店主がいる店』という間違ったイメージで捉えられたくないようです」
といった報告が寄せられている。
検索すると「洋庖丁」=「アームロックの店」
実態はどうなのか。記者は大山町の「洋庖丁」を訪れて店主の佐久間康之さん(45)に話を聞いた。
「孤独のグルメ」に登場した怒鳴り散らす店主のモチーフとされた人は、昔1年間、雇われ店長をやっていた別の人だ。当時の店長は1995年に店をやめているうえ、後任として来た佐久間さんが1999年にチェーンから独立したため、まったく別のお店になっている。今となってはアームロックをするようなトラブルが本当にあったのか「知る由もない」という。
しかし、訪れたファンは佐久間さんを、作品中の店主と認識することも少なくない。ネットで検索すると「洋庖丁」=「アームロックの店」と出るからだ。
ドラマの新シリーズが始まったり、雑誌に漫画が掲載されたりするたびに、ファンが店にやってきて、料理や店内の写真を撮り、ブログに掲載する。原作中に店主が空手をしていることをほのめかすコマがあるため、「空手をやっているんですか」と聞かれたこともあった。
佐久間さんは「おもしろ半分できていただくと、うちが好きできていただけるお客様にちょっと」と困惑した様子だ。
漫画の悪いイメージがアルバイトの採用などにも影響し、応募者には「実際はそういうことはないから問題ないよ」と面接では伝えている。もっとも「孤独のグルメ」のイメージでなく、ひとつのお店としてなら撮影を断ることはないそうだ。