「常に準備をしておく!」ねじの教えに我が意を得たり。
野球に学ぶ「これからの生き方」
~世界大会三連覇・少年野球監督が語る野球の魅力と底力~
NPO法人「ベースボールスピリッツ」理事長で、少年野球チーム「宝塚ボーイズ」監督の奥村幸治さん。
かつてはイチローのバッティングピッチャーを務め「イチローの恋人」といわれ、少年野球チーム結成後は、現在ニューヨーク・ヤンキースで活躍する田中将大の才能を見いだし、キャッチャーからピッチャーへ転向させたほか、世界少年野球大会(カル・リプケン杯)では日本チームを3連覇に導いた指導者です。
奥村幸治著『野球に学ぶ「これからの生き方」』(扶桑社新書)には、人間力を高めるヒントがいっぱいです。ここでは数回に分けて本書のエッセンスを抜粋して紹介しています。
連載6回目のテーマは「常に準備する」
「高い意識をもて」「自分の頭で考えてアクションを起こせ」
田中将大投手が駒大付属苫小牧高校に入学したのはいまから思えば素晴らしいご縁でした。もともとは近畿の強豪校から声をかけていただいていたのですが、野球部の監督が交代されることになり、志望校を変更せざるを得なくなりました。二〇〇四年春に「宝塚ボーイズ」から田中将大と山口就継の二人が駒大苫小牧に入学。当時の香田誉士史監督から教えていただいたエピソードをご紹介しましょう。
この二人がまだ入学したてのころ、経験を積ませるのもいいだろうとベンチ入りをさせたそうです。試合が拮抗したまま進んで、ここは代打を送る必要があるなと思ったときに、田中、山口の二人の一年生は既に素振りをして準備をととのえていました。「一年の春から試合の展開を見ながら準備できるなんてなかなかできないこと、ほんとうに驚いた」とほめていただきました。
「宝塚ボーイズ」の子どもたちには「高い意識をもて」「自分の頭で考えてアクションを起こせ」と指導しています。それまで親や先生、コーチに「これをしなさい、これをしてはいけない」と指示されることが多いので、最初はとまどい、なかなかうまくいかないことも多いのですが、それでも少しずつ身についていくのです。
日本のコーチは教え過ぎ!? 日米のコーチの根本的な違い
昔と違っていまはインターネットなどの検索でいろいろな情報が手軽に手に入れられる時代です。親御さんもそうですが、子どもたちも知識豊富で頭でっかちの傾向が強いようです。すべてがダメだとはいいませんが、やはり安易に得たものはしっかり身につかない。いろいろ試してみたけれどあまりうまくいかなかったことや失敗や苦労、ムダになることが多くても、自分の頭で考え行動に起こしたことは、しっかり身についていきます。
西武のバッティングピッチャーを辞めたあと、ニューヨーク・メッツの春季キャンプに帯同したことは既述しましたが、当時のメッツには野茂英雄投手と吉井理人と投手がいました。いうまでもなく、野茂投手はトルネード投法で「NOMOマニア」という言葉が生まれるほど全米を魅了、ロサンゼルス・ドジャースとボストン・レッドソックス時代、それぞれノーヒットノーランを達成した大投手。吉井投手も近鉄を皮切りに日本、アメリカで活躍し、現在は千葉ロッテマリーンズのピッチングコーチ......この二人とキャンプ中にお話をする機会に恵まれたとき〈日本とアメリカの違い〉が話題になり、二人の一致した意見はコーチの考え方がまったく違うということでした。
日本のコーチは「こうしなさい」「こうしたほうがいい」という指示をするけれど、アメリカのコーチは「お前は何がしたいんだ。まずはお前の考えを聞かせろ」ということからスタートするということです。 逆にいえば自分の考え、自分の思いがなければ何もアドバイスしてもらえない、相手にしてもらえないということでもあります。必然的に上から指示を出されて「やらされる練習」ではなく、自分で考えて「やる練習」となる、自分の意志で自分の責任で準備していくわけです。
「ねじの教え」我が意を得たり。
今年(二〇二〇年)の一月に日東精工という一部上場のねじメーカーで講演をする機会がありました。この会社は〝人財教育〟に力を入れられており『人生の「ねじ」を巻く77の教え』(ポプラ社)という書籍もあるのですが、ここの材木正己社長との食事の席で「準備」が話題になったおり「奥村さん、スピーチなんかで、突然のご指名でなどといいわけをする人がいるけれど、だいたい雰囲気でわかるもんでしょう。準備しとかなあかん。できない人ほど、急にいわれてもとか、聞いていませんでしたっていうけれど、いつ、いかなるときでも対応できる準備ができている人間がやっぱり成長しますね」という言葉にわが意を得ました。
二〇一九年四月に引退したイチロー。数々のメジャーリーグ記録を塗り替えた彼も、現役後半はレギュラーの座を獲得できなくなっていました。二〇一三年、ニューヨーク・ヤンキースでの最終試合、既にこの年、ヤンキースはプレーオフに出場できないことが決まっていたので、若手中心のオーダーで先発メンバーに入っていませんでした。ほとんどのベテランがスパイクも履かず、もうシーズンが終わったような気持ちでベンチにいたのですが、イチローだけは最後の最後まで試合に出る準備をしていたそうです。そしてこの試合は延長までもつれたのですが、イチローはベンチ裏で素振りをはじめた。その姿をベテランも若手も見てとても驚いたそうです。
いいときであっても、悪いときでも、自分に何ができるかを常に考え、そのための準備は怠らない、それがイチローのイチローたるところであるわけです。
第7回 SDGsと野球