日本には「奈良の大仏」が2体存在してるって、知ってた?
修学旅行の行先としてもおなじみの、日本を代表する文化財「奈良の大仏」。
正式名称は「東大寺盧舎那仏像」といい、奈良県奈良市の東大寺にある。
「奈良の大仏」と聞けば、ほとんどの人はこの巨大な仏像の姿を思い浮かべるだろう。
しかし、日本には「奈良の大仏」がもう1体存在していることを皆さんは御存知だろうか。
その大仏は奈良県ではなく、東大寺から遠く離れた千葉県中央部・市原市に存在している。
千葉にある「奈良の大仏」――なんともややこしい存在の正体を確かめるべく、2021年12月17日、Jタウンネット記者は市原市を訪れた。
大仏に因んだ通りまであった!
奈良の大仏があるのは、市原市の内陸部。長柄町や茂原市の市境から近い場所だ。
周囲を木々が囲む道を自動車で走っていると、ある標識が目に飛び込んできた。
「大仏通り」との名前が通りにつけられていたのだ。
通りの名前になっているのだから、相当大きな仏像があるのかもしれない。
期待に胸を膨らませながら、大仏通りを外れて現地に向かった。
「奈良の大仏」なのに大仏じゃない!?
大仏通りを外れてしばらくすると、木製の看板で「奈良の大仏」と書かれた看板が目に入ってきた。
この看板の右側にある車1台がギリギリ通れるほどの細い道を少し進めば「奈良の大仏」とご対面できる。いよいよ待ちに待ったご対面――だったのたが......。
一瞬、カーナビの案内が間違っているのではないかと疑ってしまった。
案内板の先にあったのは、大きな大仏殿や銅製の大仏ではなく、ささやかな石造の釈迦如来像だった。
その釈迦如来像も、台座部分を除いた本体も大きくない。身長170cmの筆者とそれほど変わらない大きさにしか見えないのだ。
謎多き「奈良の大仏」
この釈迦如来像は、「市原市奈良字大仏台」に立地しているため、奈良と付けられているはわかるにしても、 なぜそんなに大きくもないのに「大仏」なのか。
現地の案内板を見ても何もヒントが得られないため、12月24日、Jタウンネット編集部は市原市のふるさと文化課の担当者に「奈良の大仏」の成り立ちを聞いたが、
「奈良の大仏は詳しいことはわかっていないんです。この地が奈良と呼ばれているのが、かの平将門が近畿の奈良の風景に似ていると言ったとの伝承がありますが......」
とあまり詳しい情報は把握していなかった。
また、20年9月9日に公開された奈良の大仏を紹介する市原市のウェブサイトの記事では、
「初代は931年に建立。下総付近で反乱を起こした平将門が、京都の南の奈良の大仏を模して此の地に建立した仏像で、創建時は銅製だった」
と説明しているが、こちらもあくまで「伝承」であるため確実な話ではない。
謎は深まるばかりだが、1804年に建立された現在の釈迦如来像は、2011年の東日本大震災で像が台座から落ちて損壊する被害に遭った。
このとき、地域住民と市原市が修復費を折半して11年11月に修復されている。身銭を切ってまで元に戻すほど、「奈良の大仏」は地元住民から愛される存在ではあるようだ。