デジタル空間でカープ開幕戦! コロナ禍だからこそ...広島県が挑む「つながり」を生む仕掛け
王座奪還をめざす広島東洋カープ! 2021年シーズンの開幕戦を、全国のカープファンはさまざまな場所から見届けていたに違いない。
マツダスタジアムでの現地観戦、スポーツバーなどでの観戦、自宅でのテレビ観戦......。そして今年、新たな観戦場所となったのが、デジタル空間――。その名も、バーチャルプラットフォーム「バーチャルワールド広島」だ。
仕掛人は、広島県スポーツ推進課。および、広島テレビ放送を代表企業とするコンソーシアム。
広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」を通じた行政提案型のプロジェクトとして、いわば広島県オリジナルのバーチャルプラットフォームを立ち上げたのだ。
ニューノーマル時代を見据え、スポーツやエンターテインメント分野のデジタル・トランスフォーメーション(デジタル技術を活用した大きな社会変革)への挑戦として、いまも試行錯誤を続けるバーチャルワールド広島の取り組みに迫る。
デジタルジェットバルーンに熱狂!
2021年3月26日のカープ開幕戦――。
記者がいたのは、バーチャルワールド広島......をディスプレイに表示させた、パソコンの前だ。
バーチャルワールド広島でカープを応援するには、すべての機能やコンテンツを楽しめるインストール版を使うか、または、一部機能制限はあるがすぐに参加できるウェブブラウザ版(ベータ版)からアクセスする。
そして、バーチャルワールド広島のなかでも、イベント時だけオープンする「LIVEルーム」に、アバター姿の野球ファン(カープファン多め)が満を持して集結した。
午後6時、プレイボールがかかる。開幕マウンドに立つのは、大瀬良大地投手だ。がんばれ! 初回は、三者凡退。よかった!
――と、こんな感じで見入ってしまうのだが、試合映像は、LIVEルーム最奥にある大型ビジョンから流れている。テレビ中継との同時配信によるものだ。
アバターはルーム内を自由に動き回れて、好きな位置から観戦できる。マウス操作で視界を変えることができ、上方を向くと、スコアボードが見える。指定のキーを押すと、ジェットバルーンを飛ばせたり、ハイタッチやスクワット応援をしたりするギミックもおもしろい。参加者同士のチャットも可能だ(現在、インストール版のみの機能)。
さて、試合は1回裏。西川龍馬選手の先制2ランホームランが飛び出すと、もちろん大興奮! アバターのファンは、球場を再現した「バーチャル野球盤」を、選手さながらベースランニングで一周し、今シーズンのカープ初得点を喜んだ。
7回裏のカープ攻撃前には、球場にいるかのようにデジタルジェットバルーンを飛ばして、大盛り上がり。デジタル空間のなかで、従来の野球観戦とは一味違ったファン同士の一体感が生まれていた。
バーチャルワールド広島の魅力は、カープ開幕戦の上映を行ったLIVEルーム以外にも、広島県のプロスポーツチーム(広島東洋カープ<野球>、サンフレッチェ広島<サッカー>、広島ドラゴンフライズ<バスケットボール>)の専用ルームがあることだ。
それぞれの部屋では、練習映像・選手紹介映像など、ここだけで視聴できるオリジナル動画コンテンツが見どころとなっている(現在、インストール版のみの展開)。
コロナ禍で現地観戦の機会が減って...
バーチャルワールド広島のような仮想空間を活用したスポーツ観戦やイベント開催はいま、注目を集めつつある手法だ。
そんなトレンドをいち早くとらえた今回のプロジェクトは、広島県スポーツ推進課の呼びかけから始まった。担当者の林智子さんは、取り組みの背景について次のように説明する。
「新型コロナウイルスの影響を受けた20年、プロスポーツは再開したものの、プロ野球やJリーグは開幕がずれ込み、当初は無観客試合でした。その後も入場者数に制限があるなど、安定したイベント開催のみならず、チーム運営にも影響が出てしまいました」(林さん)
こうした状況下でとくに課題だと感じたのは、スポーツが好きな県民、ファンたちが入場制限や感染リスクがあることから、現地観戦がしにくくなってしまったことだ。林さんは「人と人との交流、つながる機会が減ってしまって......」と肩を落とす。
「そこでぜひ、交流を生み出せるような場があったらいいな、と。また、スポーツの応援に新たな仕組みを取り入れて、チームの新たな収入源にもなればと期待しました。そこで、先端技術を駆使して課題解決をめざす『ひろしまサンドボックス』とも連携して、解決策のアイデア、事業者を募ったのです」(林さん)
プレゼンテーションやその審査などを経て20年11月、バーチャルワールド広島コンソーシアムとして本格的に始動する。代表企業は、広島テレビ放送。参加企業は、EAD(エード)、エネルギア・コミュニケーションズ、博報堂DYメディアパートナーズ、ビーライズ。
どうしてテレビ局が、デジタル空間の利活用に着目したのだろうか。広島テレビ放送の佐藤晃司さん(DX事業推進室)は、その事情を次のように話す。
「公募の呼びかけと前後して、社内で新たにデジタル・トランスフォーメーション(DX)に取り組む部署が立ち上がりました。私たちのミッションは、県民のみなさんにデジタル活用の効果――生活がよりよくなるのを実感してもらうこと。そのための仕掛けとして、このプロジェクトはぴったり。なんとしてでもやりたい、とプレゼンには全力を傾けました」(佐藤さん)
コンソーシアムとして協働する企業は、佐藤さんが声をかけていった。
「私は過去に何度か、『ひろしまサンドボックス』のプロジェクトに携わった経験があります。おかげで、県内企業の事業内容に詳しく、すでに関係を築けていた会社もありました。
そのため、企画を練っていたときから、どの会社と組めそうか、どの会社の知見が必要か、それらを組み合わせたらどうか――と考えることができ、進行もスムーズでした」(佐藤さん)
今年で4年目に突入した「ひろしまサンドボックス」を通じて、主として県内企業と横のつながりができたことは、いくつかの企業を巻き込んだ事業展開を進めるうえで財産となっている。
広島スポーツのファン同士をつなぎたい
バーチャルワールド広島のコンセプトは、広島のプロスポーツ――カープ、サンフレッチェ、ドラゴンフライズを応援することにある。それぞれのルームを設けたのもそのためだ。佐藤さんは「3チーム間のファン同士のつながりをもっと生み出したい、という思いがありました」と打ち明ける。
「意外と、野球ファンは野球だけを、サッカーのサポーターはサッカーだけを、バスケのブースターはバスケだけを応援する――そういう人が多い気がしていました。
私自身は、スポーツはなんでも好き。どのチームも応援してほしいですし、それぞれのファンが交わる場があったらいいな、と。そのアイデアが『バーチャルワールド広島』のベースです」(佐藤さん)
ファン同士の交流の場をデジタル空間につくる――。システム開発では、アバターの「動き」の見せ方に苦労した。ワールド内でアバターが動く姿を、他のユーザーも見ることができるのは、技術的に難しいのだという。
「アバターの動きをなめらかにしようとすると、システムに負荷をかけ、場合によってはサーバーがダウンするなど影響が出てしまいます。そうならないよう、動き方を調整するのですが、やりすぎると違和感が出る。
見た目の動きもよく、システムに影響しないようバランスをとるのは、トライ&エラーの連続でした」(佐藤さん)
つづけて、佐藤さんは「ハード面の整備はもちろん、ワールド内で展開するコンテンツ企画など、さまざまなことを同時並行で進めました」と振り返る。
問題が持ち上がれば、関係者一同、砂場をつくっては崩すように、スピーディーに地道にことを進める。
そうして、21年2月末のグランドオープンを迎えたのだった。
ここでしかできない体験を生み出したい
冒頭で紹介したように、バーチャルワールド広島でのカープ開幕戦イベントは盛り上がり、数千人規模の人を集めることができた。
だが、それだけがプロジェクトのゴールではない。21年5月までの実証実験期間中に、システムの改善やコンテンツの充実はもちろん、実証実験終了後の効率運営や将来的なマネタイズなど、検討事項は山積みだ。
コンテンツに関しては今後、定期的にオンラインイベント(試合上映や特集番組、トークライブやeスポーツ大会など)を実施していく。
あたためている企画としては、サンフレッチェ広島が来年でクラブ創立30周年となるため、その告知もかねた29周年イベントを検討中。
また、5月9日に開催する広島ドラゴンフライズファン感謝祭イベントでは、「バーチャルワールド広島」でアバターとして参加できる企画も用意している。
「目下の課題は、ふだんからみんなが集まる場にするにはどうしたらよいかです。
カープ開幕戦のようなイベントがない日も、盛り上げる仕掛けを考えていきたい。そして、バーチャルワールド広島でしかできない体験も提供できればと思っています。いままさに、佐藤さんと議論を進めているところです」(県職員・林さん)
「バーチャルワールド広島ならではの仕掛け......アイデアはたくさんあります。
たとえば、試合の上映中、ほかではあまり見かけないスポーツデータを取り上げる。サッカーの場合、選手が移動した位置を示すデータがあって、それをリアルタイムで出せないか、とか。テレビ局には過去の映像のストックがあるので、試合が動きそうな場面になると、過去の似たシーンがパッと出てくる、とか。
実証実験の場、時間を有効に使って、いろんな可能性を追求したい」(佐藤さん)
今回のプロジェクトでは、スポーツ推進課と広島テレビ放送(および、コンソーシアム)が話し合いを重ね、方向性や優先順位を決めながら進めてきた。たとえば、ユーザーの利用動向を踏まえ、ブラウザ版(ベータ版)のローンチを急ぐなど、絶えず変化する状況に応じて舵取りをしている。
さらに、佐藤さんは「データが集まってきて、ブラウザ版の利用者が多いことも次第にわかってきました。ユーザーの使い勝手を考えれば、スマホアプリ版が必須。アプリ版の開発には早く手を打ちたい。これまでの開発知見も生かせると思っています」と力を込めていた。
イノベーション立県を掲げる広島県と、県民に向けたデジタル・トランスフォーメーション推進をめざす広島テレビ放送を中心に、あらゆる可能性を秘めた新たな世界を切り拓こうと、たゆまぬ挑戦を続けている。
<企画編集・Jタウンネット>