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遠くにいても「リアル」がわかる 「VR空き家内覧」で移住希望者にアピール...人口減に悩む江田島の挑戦

Jタウンネット編集部

Jタウンネット編集部

2021.04.02 12:00
提供元:広島県

愛する江田島市のために――。

関わる人の「地元愛」をモチベーションに、市が抱える課題を解決しようという挑戦が、広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」の一環で行われた。

その課題とは、「移住」に関するもの。

江田島市は今回の挑戦で、移住・定住促進を図る施策として、市内の空き家物件をVRコンテンツ化し、ウェブ上で公開することに成功。

これにより、遠隔地にいても、江田島市内にある物件を「VR内覧」することができるようになった。移住や空き家に対する課題の解決策として、そして自治体のVR活用の好例として注目を集めそうだ。

江田島市に移住者を呼び込みたい!

取材の行われたコミュニティスペース「フウド」にて。
左から、スペースリーの藤原さん、江田島市職員の千葉さん、フウド代表理事の後藤さん
取材の行われたコミュニティスペース「フウド」にて。 左から、スペースリーの藤原さん、江田島市職員の千葉さん、フウド代表理事の後藤さん
「初めて江田島市の海を訪れたのは、広島市内のアパレル店舗で働いていた数年前のこと。知人にウェイクボードをしよう、と誘われたからでした。
広島市内から、陸路を車で行くこと約1時間半。瀬戸内海特有の穏やかで、透き通ったきれいな海を見て、関東出身の私はとても感動しました。
その体験がひとつの縁となって、1年前から江田島市役所で働いています」(千葉さん)

こう話すのは、市職員の千葉祐貴さん。千葉さんを魅了した江田島市は、穏やかな気候と、豊かな自然に恵まれた地域だ。

それでいて、近隣の都市部である広島市や呉市からは通勤圏内で、アクセスのよさが魅力となっている。

そんな江田島市が直面している社会課題のひとつが、人口減少だ。

近年は年間およそ500人減での推移が続く。そのため、移住者を呼び込みたいと、情報発信に力を入れている。

あわせて、江田島市を中心に移住促進支援などに取り組む一般社団法人フウドとともに、現地での「仕事」や「住居」に関する移住相談の受付にもあたってきた。

フウドの代表理事を務めるのが、後藤峻さんだ。

「江田島市への移住の決め手は、子どもたちの学校や病院、買い物など、生活に便利だったから」と後藤さん。
「江田島市への移住の決め手は、子どもたちの学校や病院、買い物など、生活に便利だったから」と後藤さん。
「私自身は広島県府中町出身で、都内での勤務を経て、5年前に江田島市に移住しました。
自分の経験なども伝えられたらと、いまは地域活性や移住促進のために、今日の取材場所でもあるコミュニティスペースを拠点に活動しています。
空き家物件へのご案内にも携わるなかで、市内の空き家は目立ち、長らく課題だと感じていました。5年前の市の調査では、市内には1500軒近くの空き家があることがわかっています。
こうした空き家をもっと有効に利活用できないか、という思いがありました」(後藤さん)

そこで、移住後の住居としてもらおうと、市役所のウェブサイト内にある「空き家バンク」ページで、空き家物件の情報を公開してきた(空き家バンクは、全国の自治体の多くで導入されている制度)。

しかし以前の江田島市のページは、間取りをはじめとする情報の羅列で、見栄えがしない。「なんとか見やすいものにリニューアルしたい」というのが、積もる思いだった。

そうした検討もあわせて進めていたなかで、江田島市は2020年7月、「ひろしまサンドボックス」の「フィールドチャレンジ」へ挑戦することが決まった。

フィールドチャレンジとは、広島県内の市町・団体と日本全国のスタートアップ企業をマッチングさせ、地域の課題の解決を目指すプロジェクト(※)。

マッチングは、デロイト トーマツ ベンチャーサポートの開発したビジネスマッチングシステム「six brain(シックスブレイン)」によって行われる。

プロジェクトがスタートした8月、江田島市はまず、デロイト トーマツ ベンチャーサポートとともに、市の抱える移住に関連する課題の整理を始めた。

(※)今回、フィールドチャレンジに選出されたのは江田島市と、広島市中心部地域の活性化に取り組むNPO法人「セトラひろしま」の2つ。
セトラひろしまの取り組みでは、広島中心市街地エリアのブランドイメージを高める一環として、AR技術および位置情報技術に強みを持つIT企業と連携したサービスを立ち上げるとともに、サンフレッチェ広島ほか地元で活躍するスポーツ選手とコラボした街歩きイベントを実施した。

目的は「移住者を増やしたい」

フィールドチャレンジを主導した、デロイト トーマツ ベンチャーサポートの外山陽介さんは、今回のプロジェクトの段取りを次のように説明する。

「江田島市ではどんなことに困っていて、そのために何をするか――課題を洗い出して明確にするプロセスで、私たちと協働しました。
ビジネスマッチングシステムの『six brain』を通じて自治体と企業を結ぶにしても、目的次第で協業候補も異なります。
コラボレーションの確度を高めるためにも最初は、本質的な課題を見定めることが必要でした。そして次に、その課題を解決できる最適な企業の候補を、『six brain』のリコメンド機能によって選出したのです」(外山さん)
フィールドチャレンジを主導した外山陽介さん
フィールドチャレンジを主導した外山陽介さん

解決すべき課題の、どこに焦点を当てるかは、依頼する側もはっきりしていないことが少なくない。

課題の洗い出しの段階では、江田島市のPRがもっと必要なのか、移住について寄せられる質問への対応策を打たなくてはならないのかなど、幅広く検討したが、最終的には「移住者を増やしたい」というゴールを設定することになった。

「関係者を巻き込んで課題解決にあたるには、最初の一歩目となる大きな目標が明確であることが大切です。江田島市はその点がはっきりしていて、プロジェクトはスムーズに進みました」

と外山さんは語る。

そして、具体的な取り組みを検討する段階で、外山さんとともに手腕を発揮したのが、有限責任監査法人トーマツ広島事務所のマネージャー・中山洋平さんだ。

「移住者を増やすためには何をすべきか――。このゴールに対して、移住を決めるには、何がボトルネックなのかを知る必要がありました。
そこで、移住希望者の行動プロセス、つまり、移住を希望する動機が発生し、移住候補先を探す段階を経て、江田島市に移住するまでの流れをまとめたのです。
そのなかで明確になった要因が、物件の内覧に関してでした」(中山さん)
スタートアップ企業と自治体や大企業を結ぶビジネスプラットフォーム「six brain」
スタートアップ企業と自治体や大企業を結ぶビジネスプラットフォーム「six brain」
「six brain」のページの一部。自治体や大手企業側に届くスタートアップ企業の情報(画面イメージ、プレスリリースより)
「six brain」のページの一部。自治体や大手企業側に届くスタートアップ企業の情報(画面イメージ、プレスリリースより)
「ディスカッションを重ねると、瀬戸内海の島は移住の検討先として人気のエリアで、江田島市に興味を持つ人が多いことがわかりました。ただ、必ずしも移住相談に結びついていないところもあって、ここに改善の余地がありそうだ、と。
そこで、江田島市で移住の相談をしてみたい、相談をしやすくする――このソリューションが必要だという結論に至りました。そのためのフックとして、『VR内覧』の導入へとつながっていくのです」(外山さん)

遠隔地でも江田島がわかる「どこでもかんたんVR」

こうしたプロセスを経て、20年11月にいよいよ「six brain」を通じて、候補となる企業15社ほどが挙がった。このなかから、あらためて課題と照らし合わせて絞り込み、本採用前にはトライアルなども行い、21年1月に協働する企業が決まる。

その企業が、VRサービスを手掛けるスペースリー社だった。

同社の360度VRコンテンツ制作のクラウドソフト「スペースリー」を利用すると、遠隔地にいても、ウェブブラウザ上のVR空間で室内の様子がわかる。

コンセプトは「どこでもかんたんVR」。

いま、不動産やハウスメーカーを中心に取り入れる事業者が増えつつあり、この「VR内覧」の手法はトレンドでもある。

VRコンテンツをつくるのは簡単だ。スマートフォンの専用アプリから、不動産物件の室内外を撮影するとクラウド上に画像がアップされ、ウェブブラウザで再生可能なパノラマVRコンテンツとして瞬時に生成される。このときに必須となるのは物件の撮影で、江田島市では前出の市職員・千葉さんが担当することになった。

藤原さんのアドバイスを聞きながら、物件撮影にのぞむ千葉さん
藤原さんのアドバイスを聞きながら、物件撮影にのぞむ千葉さん
「トライアルでも使ってみましたが、パソコンやデジタルに詳しいわけではない自分でも、簡単に扱えてびっくりしました。
スペースリーとの協働が決まったあと、サポートしてくださったのが福岡営業所長の藤原基己さんです。当初はオンラインでのレクチャーが中心で、画面共有をしながら教えてくれました。
物件撮影が始まると、現地にも来てくださって、撮影の仕方でサポートしてくれました」(千葉さん)

3月某日――。千葉さんの物件撮影に記者も同行すると、スペースリーの藤原さんが「導線が見えるように、撮影するとわかりやすいですよ」「電気をつけられるようでしたら、つけて明るくしたほうがきれいに映ります」「撮影のポイントは、つながりよく、です。カメラは、部屋の中央ではなく、隅に置いたほうが全体を広く撮影できます」とアドバイスを送っていた。システム導入後のフォローを大切にしているという。

「利用の仕方としては、お客さんが物件を探す際、最初に『VR内覧』をして、そのあと現地でしかわからない、室内のにおい、光の入り方、音を含めた周囲の環境確認に行かれることが多いです。
同様に、遠方から移住先を探す人にとっても、いきなり現地を訪問しなくても、ブラウザ上で閲覧するだけで現地の『空気感』を感じてもらえるのではないかと思います」(藤原さん)
きめ細かなサポートを行う藤原さん。「空き家物件での利用以外にも、観光などの分野で、私たちのサービスを使っていただけるとうれしいですね」
きめ細かなサポートを行う藤原さん。「空き家物件での利用以外にも、観光などの分野で、私たちのサービスを使っていただけるとうれしいですね」

江田島市=「ほどほど」な島!?

移住者を増やすことは最終的なゴールだが、千葉さんと後藤さんは足元の目標として、「空き家バンク」を訪問する人の滞在時間を少しでも長くしたい、と考えている。

実は今回、市はVRシステムの導入と並行して、移住に関する情報発信の強化をめざし、江田島市移住・定住ポータルサイト「hodohodo(ほどほど)」を新たに立ち上げた。現在、このポータルサイトを通じて、市の「空き家バンク」にアクセスできるようになっている。

江田島市の移住・定住ポータルサイト「hodohodo(ほどほど)」。空き家バンクへのアクセスが可能。移住者インタビューも充実
江田島市の移住・定住ポータルサイト「hodohodo(ほどほど)」。空き家バンクへのアクセスが可能。移住者インタビューも充実

「ポータルサイトのネーミングは、江田島市の特徴がほどほど島だったり、ほどほど都会だったりするので、そんな島のリアルな部分を伝えられたらと決めたんです」とほほ笑む千葉さんと後藤さん。島のリアルを伝えるために「VR内覧」はぴったりだという。

「実は、市内の空き家の多くは家財道具も残っています。『VR内覧』を取り入れましたが、今回あえてそういったところも映し、リアルな点を伝えられたらと思っています。
関連する話として、島内の移動に車を使いますので、家周辺の道の広さ・狭さに関する質問は多く、以前は現地で確認するしか手立てがありませんでした。今後は、家周辺も撮影してパノラマ画像として載せることができ、江田島市でのリアルな生活を想像しやすくなると思います」(千葉さん)
千葉さんがこの日撮影した空き家の「VR内覧」
千葉さんがこの日撮影した空き家の「VR内覧」

いまのところ、空き家バンクに登録されている空き家物件は40軒程度、このうち「VR内覧」が可能な物件はまだ数軒にとどまる。

「いまは私一人で物件を撮影して回っていますが、来年度以降は人手を増やして、空き家物件の利活用を推進していきたいです」と千葉さん。後藤さんも「めざしたいのは日本一の『空き家バンク』登録数です。手軽に利用できる『VR内覧』が広まれば、これまで移住を考えていなかった層にも訴求できるのではないかと考えています。また、こうした先進的な取り組みを通じて、私たちの江田島市のよさがもっと伝わるといいですね」と笑顔を見せる。

今回の実証実験プロジェクトを振り返って、トーマツ広島事務所の中山さんは「江田島市とスペースリーによる連携で成果が出たことで、移住や空き家に関する課題を抱える他の自治体も参考にできる好例になるのでは」と期待を寄せる。

トーマツ広島事務所のマネージャー・中山洋平さん
トーマツ広島事務所のマネージャー・中山洋平さん
「全国の自治体はさまざまな課題を抱えていて、各地で自治体と企業が連携する動きがあります。しかし、自治体が課題の解決にあたるとき、スタートアップ企業と組むという発想にはなかなかならないものです。
今回の取り組みが成功したことで、他の自治体にとっても連携への抵抗感もやわらぎ、新たに連携する取り組みが生まれるなど、さまざまな発展が期待できると思います」(中山さん)

移住に限らず、新型コロナウイルスの影響から、リモートワーク主体の働き方も注目を集めている。さらには、地方でサテライトオフィスを構える動きも出てきた。

江田島市でも3月、ITベンチャーのバレットグループなどがサテライトオフィスを開設し、部分的な地方移転の動きが進む。

都市部から地方へ――その流れがデジタル技術の発展と利活用によって、新たなうねりを生み出していく。

<企画編集・Jタウンネット>

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