広島から事故と渋滞がなくなる日 誰もが安心して暮らせる街へ...「未来の広島」の姿とは
広島市内を走る路面電車。広島電鉄(広島市)が運営し、古くから市民の足として、そして観光客の移動手段として、地域の交通網を支えてきた。
しかし、自動車を運転する人にとっては、ちょっと気を付けなければいけない存在だ。右折しようとしたら、後ろから電車が迫ってきていた――なんてヒヤリハットが、意外とあると聞く。
現状、広島市内の道路は、路面電車や路線バス、タクシー、自家用車など多くの交通手段が行き交っている。生活や観光に便利であることには違いないが、その交通網の豊さゆえに、渋滞や接触事故のリスクといった課題が生じている。
高齢化が加速している状況も踏まえると、市民が交通手段を確保しつつ安心して生活するには、交通環境の整備が必要になるというわけだ。
そんな課題を解決すべく、広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」では、「通信型ITS」(高度道路交通システム)を駆使した実証実験に取り組んでいる。
通信型ITSとは、人・車両・道路の間で情報の送受信を行い、事故や渋滞といった交通課題を解決するためのシステム。これを路面電車や路線バス、そして一般車両に搭載することで、安全な交通環境を作ろうというわけだ。
Jタウンネットは2020年10月14日、この実証実験プロジェクトの一環として行われた試乗会に参加。「安全運転支援システム」と呼ばれる仕組みを搭載した路面電車に乗り、変わりつつある広島の交通事情を一足早く体感してきた。
右折車両の存在を運転士に通知
実証実験プロジェクトは、中電技術コンサルタントを中心に、広島大学、東京大学、自動車技術総合機構交通安全環境研究所、広島電鉄、マツダの6産学官がコンソーシアムとして手を組み、2019年から開始。
19年度にシステム構築、機能試験をしてきた広島市内2か所に「通信型ITS路側機」、路面電車4両、路線バス3両に「通信型ITS車載器」を設置し、20年7月から通常運行で交通信号情報の受信が可能になっている。
そして10月14日に行われた試乗会では、ITS車載器を実験用の普通自動車にも搭載。交通信号情報のほか、一般車両の位置情報も路面電車、路線バスで受信していた。これらの仕組みは、総じて「安全運転支援システム」と呼ばれている。
安全運転支援システムを路面電車に搭載することで、広島の交通はどう変わるのか。電車に乗って揺られていると、さっそく情報が送られてきた。
届いたのは「信号情報」。現在は「青」だが、車内に設置された支援モニタには、現在の信号と「赤」に変わるまでの残り時間が表示されている。信号機に取り付けたITS路側機から受信した情報だ。
取材時点で信号情報を受信できる交差点は、20年1月に設置した舟入本町と千田町3丁目の2か所。主な技術面を担う東京大学生産技術研究所の須田義大教授によれば、今後は市役所前(国道2号)に設置を予定しているという。
そして今回の試乗会で実験を行ったのが「支援情報」の受信。ざっくり言えば、接触事故を防ぐため、運転士を支援するための情報だ。
モニタの信号情報の下に表示されていて、左の車線に右折自動車がいることを教えてくれた。
信号が赤に変わり、モニタに右矢印が表示されると、赤い自動車が前方を右折していった。この自動車は今回の実験用にITS車載器を搭載しており、右折情報が路面電車に伝えられたというわけだ。
このように車と車の間で行われる通信は「車車間通信」、先ほどのように信号機(道路)と車の間で行われる通信は「路車間通信」と呼ばれる。
そして、しばらく走っていると再び支援モニタが反応。
今度は交差点の右方向から赤い車が登場した。
当然ながら、今回の実証実験では、ITS車載器を搭載した実験用車両の支援情報しか届かない。
だが、もしすべての自動車にITS車載器を実装し、路面電車や路線バスの運転士を支援することができれば――きっと、接触事故のリスクは大きく減ることになるだろう。
なお、通信型ITSではほかにも、交差点を渡る歩行者情報(路車間通信)や、路面電車に隠れている対向右折車の存在(車車間通信)を受け取ることができる。
筆者が乗車したのは路面電車だったが、支援モニタは同時に実験を行っていた路線バスにも設置されていた。こちらも同様に、横断歩道上の歩行者の存在情報や電車の接近情報を、路車間通信や車車間通信を介して受信することができる。
「中長期的には郊外でも」
Jタウンネットは10月14日、コンソーシアムの代表である中電技術コンサルタント道路交通部の山崎俊和課長と、東京大学の須田教授を取材した。
ひろしまサンドボックスとしての取り組みは2019年からだが、通信型ITSを用いた車車間通信・路車間通信の研究は、現コンソーシアムから広島大学を除いた5産官学が13年から実施。安全運転支援システムを構築し、広島市の公道で実証実験を行っていた。
「車車間通信は13年の時点でひな形ができていました。今回はそのデモンストレーションです」
制御動力学を専門とし、広島電鉄やマツダとは昔から関わりがあったという須田教授。13年から行っていた研究は、自身から持ちかけたものだという。
では、広島の道路交通事情にはどういう特徴があるのか。中電技術コンサルタントの山崎さんに聞いてみると、
「広島は路面電車が通っていることが一番特徴的です。他の都市にもありますが、全国的に見ても営業路線が長いです。ただ、便利な反面、自動車の右折などは難しい。特に県外から来られると、どのタイミングで右折したらいいかわからないということがあると思います。
また広島市はバス路線も多く、交通網が市内に集中しています。渋滞の一因にもなっていると思いますし、事故に至らないまでもヒヤッとする場面もたくさんあると思います」
路面電車に気づかず、ぶつかりそうになった...というヒヤリハットは、広島市内では誰にでも起こり得る。
そのうえ土地勘のない観光客がレンタカーを借りるとなれば、慣れない道を電車を気にしながら走らなければならない。認知・判断能力や身体能力の低下した高齢ドライバーも、安心して運転できるとはいい難い状況だ。
「今は都市部で実験をやっていますが、高齢化が進んでいますので、中長期的には郊外でもやりたいです。高齢になると車がだんだん運転できなくなり、市内に出てくるのも難しくなってきます。
そういう方々も気軽に市内に出てこられるようになれば、『住みやすい広島』になると思います」(山崎さん)
もともと島しょ部や中山間地域が多い広島県。広島市内の交通網を整備する一方で、郊外から都心部へのアクセスを良くするのも街づくりの重要な要素の一つだ。
今回の実証実験はそんな街づくりの第一歩。須田教授は、実装化に向けての課題を次のように話す。
「相当うまくいっているんですが、技術的にいろいろ詰めていくことはあると思います。あとはエコシステムをきちんと回して、持続的なモデルを作っていくというところですかね」
また山崎さんは、「車載器をどのように量産化・商品化していくかだと思います」と指摘。越えなければいけない壁はいくつかあるようだ。
「電停共有」でトランジットモールを実現?
中電技術コンサルタント率いるコンソーシアムは、今後どのような取り組みを展開していくのか。山崎さんは、「公共交通優先信号」と「路面電車と路線バスの電停共有」の2つをあげている。
「公共交通優先信号」は、文字通り公共交通車両を優先する信号機のこと。例えば路面電車や路線バスに対しては青の時間が伸び、赤の時間を短縮するという。
そして「電停共有」は、路面電車と路線バスが共同で電停(路面電車停留場)を使用すること。路面電車と路線バスの乗り換えをスムーズにする狙いだ。
「バス停と電停はだいたいちょっと離れてます。乗り継ぎする場合は歩く必要があり、高齢者とか身体障害者など移動制約者の方々には不便だと思います。それが電停で一度に乗り降りできれば便利になるかと。
また、電停に路線バスが入るときは『電車が後ろから来てないか』といったことを、通信型ITS技術を使ってわかるようにする予定です。電停共有はトランジットモールのようなイメージですね」(山崎さん)
「トランジットモール」とは、自家用車を制限し、公共交通機関と歩行者が共存する社会のこと。電停共有により公共交通機関の利便性が高まれば、自動車に乗らなくなった高齢者も安心して市内に繰り出すことができるだろう。
誰もが安心して暮らせる「広島の街」は、もうそこまで来ているのかもしれない。
<企画編集・Jタウンネット>