1日1800便の路面電車、いつまでアナログ管理? 広島電鉄が挑む「紙とペン」からの脱却
広島県で路面電車やバスを運行する広島電鉄。
1日当たりの輸送人数が日本一と、非常に多くの人が利用している路面電車だが、運行に関わる様々な作業をアナログで行っているという。
そんな広島電鉄が現在、業務のデジタル化にチャレンジするプロジェクトに取り組んでいるそうだ。
何を、どのように変えようとしているのか。
Jタウンネット編集部は2019年12月下旬、広島電鉄の担当者を取材するため、プロジェクトが進められている「KDDI DIGITAL GATE」(東京都港区)に向かった。
大正時代から変わらない管理方法
迎えてくれたのは、広島電鉄人事部労務課の進矢光明さん。今回のプロジェクトのリーダーを務めている。
進矢さんによれば、広島電鉄では多くの作業が「紙とペン」を使って行われている。なかでも膨大な作業量を誇るのが、路面電車の乗務員の労働時間を集計する仕事だという。
「路面電車なので道路状況に影響を受けたり、車内で運賃をいただいたりする都合もあって、結構遅れるんですよ。
遅れた時、例えば9時に終点について休憩に入る予定だった乗務員が、9時10分まで終点に着かなかったとします。この10分間は乗務員にとって時間外労働なんですけど、これを記録するシステムがない。
現状では、終点や車庫など、営業所ごとに2~3か所ある運行拠点の駅にいる管理者が、いつ、誰が、どれくらい遅れたかという情報を紙にメモしています」
進矢さんは「1912年の電車開業以来、107年間様々なものをアナログで集計している」と話す。
同社は1日1800便以上の路面電車を運行しており、特に朝のラッシュ時には同時に120~130便もの電車が軌道上を走っている。運行拠点で働く管理者は、すべての電車の到着を目視で確認し、何時に到着したか、遅れた場合はどのダイヤの電車が何分遅れたかを専用の用紙に記入しているのだそうだ。
こちらが、実際の用紙。その日シフトに入っている運転士と車掌が、どのダイヤの電車に乗ることになっているかが印刷されたものに、赤ペンで何分遅れたかがメモされている。
管理者が机で向き合っている書類はこれだけではない。作業中の写真を見せてもらうと、正面の机にもサイドの机にも紙が広げられていて、見比べながら作業をしているようだ。
一日かけてメモを取った用紙はその日の夜、営業所にかき集められる。
「翌日、当社にはいわゆる『電卓』という機械はありますから、電卓で集計して、勤務の管理システムに手で打ち込んでいます」
と進矢さん。
通常時の記録を取って集計するだけでも大変そうなのに、交通事故や悪天候、トラブルの影響でダイヤが大幅に乱れると、運行拠点に帰ってくるころには電車は「団子」状態。
「大乱れの時は次便の運行調整に追われながら、帰ってきた車両番号と時刻をメモするだけでも精いっぱい。予定していたのと違う路線の電車として運行したり、違うダイヤの電車に乗ったりするので、もう元が何だったのか分からなくなる。
後からメモを見て、この何時何分に帰ってきたのはどのダイヤの電車で、誰が乗っていたのかっていうのを1個1個紐解いて、時には乗務員に確認を取りながら記入しています」
ダイヤが大きく乱れた翌日は、計算作業に数時間も費やされるという。こんなイレギュラーが年に何度も起こるとは気が遠くなりそうだ。
しかもこの作業にはマニュアルがないと進矢さんは話す。
「現場の人もどの紙がどういう風に連動しているか、体系立てて整理しているわけではない。仕事をしていく中で覚えて、流れでできちゃうようになっているんです」
管理者の仕事はもちろん労働時間の集計以外にもあり、こればかりやっているわけにはいかない。利用者の対応を行うことや、乗務員の教育も彼らの仕事だ。
しかし、現在は紙と机に向き合う時間がどうしても多くなってしまっているという。
「管理者は、車掌、運転士、指導運転士を経験して管理者になっている人がほとんど。管理者も、本当は、人の教育とか、職場のコミュニケーションにもっと時間を割きたいと思っている。デジタル化することで、その時間を取り戻したい」
進矢さんはそんな思いで、広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」の中で実施されるサポートメニュー「KDDI DIGITAL GATEチャレンジ」に応募したそうだ。
「やればできる」という雰囲気を社内に広げたい
KDDI DIGITAL GATEチャレンジで広島電鉄が目指すのは、「単純作業からの解放」。
県やKDDIのバックアップを受け、KDDI DIGITAL GATEのスタッフと共に新しいシステムの開発を行っている。
「10月にここ(KDDI DIGITAL GATE)でワークショップを行って、今一番必要なのは何なのか、ということを徹底的に洗い出しました」
と進矢さん。今回のプロジェクトでは、開発期間は3週間と決まっている。限られた時間で、どんなものを作り、この問題を解決するのか。
車両を改造するような仕組みはコストがかかり過ぎ、現実的ではないと考えた進矢さんたちは、「デバイス一個でできること」に着目。ワークショップでの議論を経て、現在、スマートフォンを基軸にした開発を進めているという。
「端末に従業員の情報とか、ダイヤの情報とかを入力して、GPSを使って出発とか到着時間を記録。自動的に遅延時間を集積するシステムを作っています」
1月下旬には実証実験として、一部の運転士に実際に端末を貸与して運行を行う予定だ。
100年以上続けてきた作業をデジタル化することに対し、社内からはどんな声が上がっているのか進矢さんに尋ねると、「もっと他のことをやった方が良いんじゃないか」といった意見もあるという。
労働時間の集計が自動化されれば管理者の負担は大幅に軽減するが、現場では「当たり前の仕事」として行われている作業。「実現するわけない、いますぐ解消できない問題」との認識が多い。
「『できるわけないでしょ』みたいな反応もありました。
一方、『本当にデジタル化できれば、今紙でやってる作業が思い出話になるだろうな』って期待してくれる人もいましたね」
進矢さん自身も、今回のプロジェクトには大きな期待を寄せている。
「うちの会社、これ(労働時間の集計)以外にもいろんなものが紙とペンで行われている。
実験が成功して、デジタル化していくメリット、可能性がわかれば、社内全体に変革していこうというマインドが広がるかもしれない。
『なんだ、デジタル化しよう思えばできるんじゃん』という考えが、現場にも広がることで、実際に使う人たちが『こうしたらどう』『ああしたらどう』と言っていけるチームというか、会社になっていければなあと思います」
今回、KDDI DIGITAL GATEチャレンジで広島電鉄がとっているのは「アジャイル開発」という手法。発注の段階ではどんなものを作るかを具体的には決めず、何を解決したいのか、それを解決するためには何が必要なのかを考えていくもので、広島電鉄では初めて取る手法だと進矢さん。県のサポートがなければ挑戦できなかった、と話す。
「発注段階では何ができるかわからない、というものを発注する感覚が社内にも私にもなかった。
でも、今回やってみて、うちに必要だったのはこういう手法だったんだとわかりました。これまでのやり方だったら、今の段階でまだプロジェクトメンバーを決めてるところでしょうね」
実験が成功すれば、新しいシステムを広島電鉄の路面電車だけでなく、同じようにアナログな運用を行うバス部門、グループ会社にも広げていく予定だという。
進矢さんによると、アナログな運行管理を行っている地方の鉄道会社やバス会社は他にもあるそうだ。広島電鉄でのデジタル化が進めば、それをモデルに多くの企業で業務の効率化が可能になるかもしれない。
<企画編集:Jタウンネット>